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ボツssなので、完結してませんのでご了承を。
まずは「金色のコルダ」から月日ssを続きからどうぞ。
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シン、と静まりかえったホールは一瞬にして歓声と拍手の渦に包まれた。
ステージ上に一人立つ若きヴァイオリニストはヴァイオリンを肩からはずすと姿勢を正して深く頭を下げる。
すると再び大きな拍手があがったのだった。
アンコールも終わり、ようやく終演を迎えるとコンサートホールから客が流れ出てくる。
皆満足そうな表情で、若い女性客からは「カッコよかったねー」などという感想も出てくる。
香穂子はそんな客たちの反応を見て、微笑みを浮かべた。
よかった。
大成功のようだ。
ヴァイオリニスト月森蓮の日本初のソロコンサートは地元のホールで行いたいという本人の希望が通り、本日無事に開催された。
ソロでは初のコンサートということもあり、あまり格調の高いものではなく誰にでも楽しんでもらえるようにとチケットも格安だったので、多くの人が聞きにきてくれた。
この街に住む人間で音楽に携わる人間なら彼のことを知らないものはいないだろう。
だからこその盛況ぶりに、香穂子は喜ばずにはいられなかった。
誰もが彼が戻ってくることを待っていたのだから。
一緒に演奏を聴きに来ていた両親を先に帰して、エントランスを出ると裏口に向かう。
蓮と待ち合わせをしているのだ。
普通ならスタッフらを交えて打ち上げパーティーをするところなのだろうが、今日は初のソロコンサートということもあり疲れているだろうから後日行うということで話がついていた。
「日野さん?」
「え?」
呼ばれて振り返ると大学時代に講義を受けたことのある教授が近づいてきた。
ヴァイオリンのことについてもいろいろと教えを受けたこともある。
「先生」
「あなたも来ていたのね。この街出身のヴァイオリニストですものね。気になるわよね……ああ、そういえば、確かあなたと彼は年は同じくらいかしら?」
「ええ、同い年です」
「あらっ、だったら、彼のことも知っているわよね。星奏出身だったわよね?あなたも彼も」
「ええ、まあ」
知っているという程度の仲ではないのだが、曖昧に頷く。
「だったら聴きにくるわよね。同期生が活躍しているのを見るのは嬉しいでしょう?」
「そうですね」
香穂子は相槌を打ちながらも裏口を気にしていた。
蓮が出てくるまでにはまだ時間はあるだろう。コンサートが終わったからといって、すぐに出てこれるわけではない。
「ところで、この間の話は考えておいてくれた?」
「えっ…?」
香穂子は何のことかと一瞬考えて、あっと声をあげる。
「あの、あのお話はもう終わったんじゃなかったんですか?」
「あらいやだ。考えておいてって言ったでしょう?」
「ですから、あのときにお断りしますって言ったじゃないですか」
「そこをなんとかお願いできないかしら。一度だけでいいのよ」
それは一ヶ月ほど前のことだった。
音楽大学時代の友人が結婚するというので、結婚式に呼ばれた香穂子はそのお祝いの席で招待された友人たちとアンサンブルを披露したのだ。
そのとき、同じ招待客の中に香穂子のヴァイオリンを聴いて気に入ったという男性がいたのだが、その男性がこの教授の知り合いだったこともあり、教授を通して是非うちで一度演奏してもらいたいという話をもってきたのだった。
その男性の家はかなりの資産家でもあり、「是非うちで演奏を」などと言って誘っているが、つまるところ香穂子を紹介してほしいと言ってきているのだという話だった。
ただ演奏するだけなら構わないが、家にまでお邪魔する気はない。特に男性相手は困ると香穂子は即座に断ったのだった。
「私も昔からお世話になっている方のご子息だから、無下に断ることはできないのよ。ね?一度お会いしてみるだけでいいから」
「困ります。その……私、お付き合いしている人がいるので、誤解されたくはないんです」
「あら…そう、困ったわねぇ…」
教授の反応を見て、やっぱりそうかと香穂子は嘆息した。
演奏して欲しいというお誘いではあるが、相手は香穂子自身が目当てなのだ。
実は大学時代からこういう経験が何度かあったので、今ではすっかり敏感になってしまった。
「先生、すみませんが、そういうことですからなんとかお断りしていただけませんか?」
「困ったわね…その、ごめんなさいね、日野さん。あなた、学生のころから男性と付き合っているなんて雰囲気がなかったでしょう?他の学生さんたちからも全然話を聞かなかったし、ずっとヴァイオリンを弾いている印象が強かったから、てっきり付き合っている人なんていないものだと思っていたのよ……私も安請け合いしてしまったのね」
「本当にすみません」
恩師に対してかなり申し訳ないことをしているとは思ったのだが、ここはきっぱりと断るべきだ。
変な期待は持たせたくない。
「わかったわ。なんとかお断りしましょう。日野さんと、あなたとお付き合いしている人にも申し訳ないもの」
「ありがとうございます」
香穂子がホッと一息ついたところへ絶妙なタイミングで声をかけられた。
「香穂子」
すぐ近くで声が聞こえて振り返ると蓮が立っていた。
「蓮くん!」
「裏口にいなかったものだから、どうしたのかと思っていた………こちらの方は?」
香穂子を見つけて安心したのか柔らかい笑みを浮かべた蓮は彼女と一緒にいた教授に気づいて尋ねる。
教授のほうはまじまじと蓮を見つめていた。
それはそうだろう。先ほどまで燕尾服をまとってステージに立っていた本人がここにいるのだから。
「月森、蓮?」
「あ…えっと、私が音楽大学でお世話になった教授で…。あの、先生、彼は月森蓮くんです。星奏学院の同期生で、ええと…」
香穂子が頬を染めて言いあぐねていると、蓮のほうが前に進み出て軽く会釈する。
「はじめまして、月森蓮です。彼女とは近々婚約する予定です」
「え、婚約って…日野さんと?」
「蓮くんっ」
頬を赤くした香穂子は蓮の袖をひっぱるが、蓮はしれっとした顔で言った。
「本当のことだろう?前々から約束していたことだ」
「あら、まあ…そうだったの?日野さん、それならそうと言ってくれれば話は早かったのに…」
「すみませんでした。私事ですし、その、彼のこともあって、あまり口外はしたくないことなので…」
教授の口調が責めるような感じになってしまったのは仕方のないことだろう。こんなことなら、最初から婚約者がいるからと断ってしまえばよかった。蓮の名前さえ出さなければいいことだったのだから。
蓮は二人のやりとりを黙って聞いているが、香穂子にどういうことだと問うような視線を向けている。なんとなく察しはついているのだろうが。
これはあとで説明しなければならないだろうなとため息をつきたくなった。
きっと、蓮は呆れたようにため息をついて「きちんと説明して、はっきりとお断りしない君が悪い」と言うだろうと思った。
「でも、まあいいわ。正当な理由もあることだし、きちんとお断りしておきましょう」
「ありがとうございます。申し訳ありませんでした」
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とここまで。