管理人の日々徒然&ジャンルごった煮二次創作SSアリ
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サイトの改装をしながら「そして花嫁は恋を知る」の二次創作SSを書いておりました。
四日でできあがったんだから、今回は早かった。
前回は「紅の砂漠をわたる姫」でしたが、今度は「白銀の都へ旅立つ姫」です。
小説本編の終章前ごろの話です。
「そして花嫁は恋を知る」を読んでいらっしゃる方なら「ああ、このあたりの話か」と思っていただければと思います。
興味はあるけど読んだことないという人はイメージをつかんでいただければいいかな?
というか、作品のイメージを壊さずに書けてるかどうかはわかりませんが。
興味ない方はそのままスルーしてください。
前回のように長くなりそうだったので、ちょっとだけ話を端折りました。
もう一つ入れたい会話というかエピソードがあったのですが、それはまたシチュエーションを変えて書いてみます。
おかげで短くなったぞ!
といっても、十分長いんですが(汗)
あまり甘さのない本編よりはちょっぴり糖度を増しております。
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~「白銀の都へ旅立つ姫」より~
コツコツと大理石で作られた床を歩く足音がやけに響いた。
かつては人で溢れかえっていたであろう白亜の城は今はひっそりと静まりかえり、城の主が住まう居住区は人の気配すら感じない。
遥かな昔、栄華を誇った大帝国ブラーナの帝都アルカディウスは、あと少しでその帝都としての役割を終える。
これからは多くの国の人々が訪れる国際貿易都市として発展していくことだろう。
しかし今はまだ新皇帝アグライアの膝元にあった。
先日、先帝の崩御により即位した女帝アグライアは清楚な美貌の持ち主で、まだ十八歳といううら若き乙女だった。
しかし幼い頃から世継ぎとしての教育を受けてきたため、年に似合わぬ落ち着きを持っていた。
その彼女が敵国侵略の危機に際して、北の大国フレンドルの援軍を得て帰国してきたことはアルカディウスの住民たちを勇気づけた。
そしてその援軍であるフレンドル軍を率いるフレンドル公国公子ユーリ=トレモツスキーと婚約したことはさらに喜びを呼んだが、そのユーリとの結婚により、アグライアはフレンドルの都ベチェルスカへの遷都を宣言した。
元老議会からは必要なことだと賛同を得たが、アルカディウスに住まう民たちの中には不満を持つものもいるだろう。
しかし、解放されたアルカディウスに皇帝が居座るわけにもいかない。
シーナ・ファスティマとの講和条件にも皇帝自らがアルカディウスを明け渡すことが盛り込まれていたからだ。
生まれ育ったこの城にいるのもあとわずかだと思いながらアグライアは客間へと向かっていた。
侍女すら伴わないアグライアは扉を叩いて訪問を告げたが返事はなかった。
部屋の入り口を守る衛兵に訊ねると客間の主は部屋から出ていないという。
もう休んでしまったのだろうか。
勝手に入り込むのは失礼だとは思ったのだが、話があったのでとりあえず中の様子を窺うことにした。
「失礼いたします。……ユーリ様?」
室内の灯りは消されておらず、暖炉の火が赤々と燃えている。
しかし暖かいはずのその部屋はやけに寒々としていた。
見ればバルコニーへ続く掃きだし窓は開け放たれ、薄紗のカーテンがかすかに揺れている。
もしやと思いバルコニーへ出る。
「ユーリ様……?」
するとすぐに返事があった。
「姫? どうかしたのか?」
視線をめぐらせるとバルコニーの手すりに軽く背中を預け、腕を組んで立っている青年がいた。
白い髪に灰色の瞳、白い肌の青年の姿は夜の闇の中にあっては白く浮かび上がった。
あと数日でアグライアと結婚式を挙げる次期フレンドル大公ユーリは、自分で言った言葉に苦笑した。
「いや、姫ではなかった。皇帝陛下と呼ぶべきか」
「いいえ、どうぞいままで通り……いえ…」
アグライアはゆるく首を振った。
「アグライア、とお呼びください。父が亡くなったいまは私の名を呼べるのは母とあなた様しかいないのですから」
「わかった。あなたがそういうのならそうしよう」
シーナ・ファスティマとの和睦も成り、いままでとは違う形ながらもアルカディウスに平和が戻ってからは、少し肩の荷がおりたのか、ユーリはベチェルスカにいたころよりも随分とくつろいだ表情をしていた。
もちろん、これからベチェルスカに戻ってやらなければならないことは多い。
しかし、今のユーリは以前よりもずっと活力に溢れているように見えた。
「では、アグライア……何か用だったのか?」
「あ……ええ、はい」
用があるのは確かだったが、用がなければ来てはいけなかったかと少し落ち込んだ。
お互いに忙しい二人はこの三日間ほど顔を合わせて挨拶する程度でまともな会話すらしていない。
皇帝という立場にもかかわらず、思いがけず心から慕う男性と結婚することになったアグライアだが、これまで恋愛というものから縁遠かったために、会いたいと思うときに会いにきてはいけなかっただろうかと考えた。
(ようやく時間ができたのに…)
ユーリからも「あなたを愛している」と告白されているのだから両想いのはずなのだが、男性と女性とでは気持ちの向け方が違うのだろうか。
拗ねてしまったアグライアはその不満を顔にだすことはせず、今日は用件だけ話して自室に引き揚げようと思った。
「あの」
用件を話そうとしたのだが、初冬のアルカディウスの夜はさすがに寒い。
思わずぶるっと震えたアグライアの肩に温かなものがかけられた。
ベチェルスカにいた頃よりも薄手だが、丈の長いカフタンはユーリの体の温もりをアグライアに伝えた。
「あ、ありがとうございます。…寒くはないのですか?」
「寒いとは思うが耐えられないほどではないぞ。ベチェルスカに比べればずっと暖かい」
寒さに対する耐性が違うのだろう。
そういえば初めてアルカディウスに足を踏み入れたときも、ここはとても暖かいと言っていた。
「だからこうして夜の海を眺めていられる……本当に美しいな、この街は」
ユーリはそう言ってふたたび夜の海を眺めやった。
和睦してからは沖にあったシーナ・ファスティマ軍の軍艦の数はずいぶんと減っている。
高台にあるこの城は海からの風を直接受けるのだが、その冷たい風を心地よさそうに頬に受けているユーリの横顔をアグライアはぼんやりと見つめた。
ルパーシカとカフタンというフレンドル独特の衣装を着こなすユーリはアルカディウスでも相当目立った。
だが、洗練されたアビリア語をあやつり、知識と教養も十分に兼ね備え、白い彫像と見まがうような整った容姿と威風堂々とした立ち居振る舞いを見た元老院の重臣たちは北の蛮族と蔑んできた国の君主に対する考えを改めたようだった。
「次はいつ見られるかわからないからな。思う存分見ておこうと思う」
そうだ。もうすぐ自分はこの人と結婚し、北の大地へ旅立つのだ。
だからというわけではないが、気がかりなことがあったアグライアはユーリに相談しようと訪れたのだった。
すると、ユーリも何か思い出したのかアグライアに振り向いた。
「そういえば、アグライア。あなたに相談したいことがあったんだ」
「なんでしょう?」
「出立を一日…いや、二日早めたいんだが、準備のほうは間に合うか?」
「え、何故です? ベチェルスカで何か問題でも?」
「いいや、何も問題はない。定時連絡以外は爺から宮殿の火事の後片づけが大変だということと、早く官邸への引越しを終えて俺たちを待っているという連絡が来たくらいだ」
ユーリはひょいと肩をすくめると、話題を元に戻した。
「帰りにキルクス島に立ち寄りたいと思っている。もちろん、我が軍はフレンドルの南港まで先に帰らせて、俺たちと護衛の者だけで行きたいんだが、かまわないか?」
それはまさに渡りに船だった。
アグライアもそれを相談しようと思っていたのだ。
かの島で病気療養中の母のことが気がかりで、せめてベチェルスカに戻る前に一度見舞いに行きたかった。
「ええ、それはもちろん。実は私もそれをご相談しようと思っていたんです。母がまた臥せってしまったと聞いていたので…」
「ああ、それは俺も聞いている。だからあなたの元気な姿を見れば少しは良くなられるのではないかと思ったんだ」
夫である皇帝の崩御の報せを聞いたアグライアの母テミスはせっかく回復しかけていたのに再び床についてしまった。娘の婚約の報せには喜んだというが、何もできなくて申し訳ないという代筆で書かれた手紙が送られてきていた。
「あなたの父君にはお会いできなかったが、せめて母君にはお会いしてご挨拶がしたかった。それにお詫びも申し上げないといけないと思って……」
「お詫び? あなたが母に……?」
一体何を詫びねばならないのだろうかとアグライアは首を傾げた。
するとユーリはアグライアを真正面から見つめた。
「あなたをベチェルスカへ連れていってしまうからだ」
きゅっと胸が締め付けられるような気がした。
「そんな、こと…母は気にはしないと…だって、これは必要なことで、私が決めたことです。皇帝として、そして、あなたの妻になる者として……」
「ああ、わかっている。これは俺の気持ちの問題なんだ」
必死に言い募ろうとするアグライアを宥めるようにユーリは肩を引き寄せた。
そしてそのまま腕の中に閉じ込めるように抱きしめる。
「ただ、俺が会いたかっただけなんだ。あなたを生んだ母君がどんなお方なのか知りたかった」
「ユーリ様…」
「きっとあなたのように優しくて他人を思いやれる方なんだろうな…」
温かな腕の中、どこか痛みをこらえたような声を聞くと、もしかして自分の母のことを考えているのだろうかと思った。
いたわるように背中に手を回すと、その背の冷たさに思わず手をひっこめた。
「いけません!」
「何だ?」
逞しい胸に手を当てて必死に体を離すと、戸惑ったような灰色の瞳を見上げた。
「ずいぶんと冷えているではありませんか!たしかにここはベチェルスカよりも暖かいかもしれませんが、冬には変わりないのですよ!」
さあ早く中に入ってと腕をひっぱるとユーリは笑い声をあげた。
「わかったわかった。心配性だな我が婚約者殿は」
アグライアは背中に軽く添えられた手に促されるように室内に入った。
窓を閉めるとゆっくりと部屋が暖まってくる。
「さあこれを」
肩にかけられていた大きなカフタンをユーリの肩にかけた。
きちんと袖を通すのを確認するとホッと息をつく。
「しっかり温まってください」
暖炉の火は足りているかと様子を伺おうとすると逞しい腕が行く手を阻んだ。
「あなたは温めてくれないのか?」
気づけば背中は壁にあたり、顔の両側はユーリの両腕にはさまれている。
真正面からユーリを見上げることになったアグライアは一瞬呆けた顔をしたが、猛禽類の獲物を狙うような瞳を見て何を言われたのか理解するとじわじわと頬を赤くした。
「なっ…な、なにをっ…」
言葉が継げず、パクパクと口を開閉するだけのアグライアにユーリは吹き出した。
「冗談だ」
笑いながらアグライアから離れると、背後にあった長椅子の背もたれに軽く腰かけた。
「あと少しで結婚式なのだから急いたりはしない」
からかわれたとわかって思わずムッとなりかけたが、続くユーリの言葉に再び頬が熱くなる。
「俺はそれでもかまわないが、姫君は違うだろう?」
そう言ってユーリは部屋の入り口の扉を顎で示した。
「長時間出てこなかったら中で何をやっているのかと勘ぐられる」
「そ、そんなことっ…衛兵たちはそんなこと考えたりはしません!」
他愛のない戯れのようにからかわれているとわかっているのに、生真面目なアグライアはどう反応していいのかわからない。
怒っているわけではない。けれどもっと優しくしてくれればいいのにと不満に思ってしまう。
拗ねてしまったアグライアはドレスをつまんで頭を下げた。
「もう失礼いたします。おやすみなさいませ」
自分でも不機嫌な顔になっているのがわかる。
いやだ。本当はこんな顔したくないのに。
嫌われてしまったらどうしよう。
でも自分が謝るのは違う気がする。
扉の取っ手に手を延ばそうとしたら、大きく骨ばった手に遮られた。
視界が陰って、思わず顔をあげると白いものが見えてとっさに目を閉じた。
唇に温かくて柔らかいものが触れる。
それが離れていくと同時に目を開けると彫りの深い端整な顔が吐息を感じられるほど近い位置にあり、慌てて目を閉じると再び唇に触れてくる。
今度の口づけは後頭部に大きな手が添えられ、先ほどよりもずっと長く感じた。
「すまなかった」
ユーリは気まずそうに謝った。
「あなたとまともに顔をあわせて話をするのは三日ぶりだったから、つい楽しくてからかいすぎた。本当にすまない」
「……」
ずるいと思った。
そんな風に謝られたら拗ねた自分が子どもみたいだ。
それにもう一つ。
「……いです」
「ん?」
「これでは外に出られません」
熱くなった頬を両手で押さえてユーリを見上げた。
耳や首すじまで熱い。
きっと林檎のように赤くなっているに違いない。
こんな顔で外に出たら、それこそ衛兵に何と思われるか。
潤みそうになっている目で恨めしげに見上げると、笑い声をあげたユーリに抱き寄せられた。
「ならば、もうしばらくここにいるといい」
~「白銀の都へ旅立つ姫」より~
コツコツと大理石で作られた床を歩く足音がやけに響いた。
かつては人で溢れかえっていたであろう白亜の城は今はひっそりと静まりかえり、城の主が住まう居住区は人の気配すら感じない。
遥かな昔、栄華を誇った大帝国ブラーナの帝都アルカディウスは、あと少しでその帝都としての役割を終える。
これからは多くの国の人々が訪れる国際貿易都市として発展していくことだろう。
しかし今はまだ新皇帝アグライアの膝元にあった。
先日、先帝の崩御により即位した女帝アグライアは清楚な美貌の持ち主で、まだ十八歳といううら若き乙女だった。
しかし幼い頃から世継ぎとしての教育を受けてきたため、年に似合わぬ落ち着きを持っていた。
その彼女が敵国侵略の危機に際して、北の大国フレンドルの援軍を得て帰国してきたことはアルカディウスの住民たちを勇気づけた。
そしてその援軍であるフレンドル軍を率いるフレンドル公国公子ユーリ=トレモツスキーと婚約したことはさらに喜びを呼んだが、そのユーリとの結婚により、アグライアはフレンドルの都ベチェルスカへの遷都を宣言した。
元老議会からは必要なことだと賛同を得たが、アルカディウスに住まう民たちの中には不満を持つものもいるだろう。
しかし、解放されたアルカディウスに皇帝が居座るわけにもいかない。
シーナ・ファスティマとの講和条件にも皇帝自らがアルカディウスを明け渡すことが盛り込まれていたからだ。
生まれ育ったこの城にいるのもあとわずかだと思いながらアグライアは客間へと向かっていた。
侍女すら伴わないアグライアは扉を叩いて訪問を告げたが返事はなかった。
部屋の入り口を守る衛兵に訊ねると客間の主は部屋から出ていないという。
もう休んでしまったのだろうか。
勝手に入り込むのは失礼だとは思ったのだが、話があったのでとりあえず中の様子を窺うことにした。
「失礼いたします。……ユーリ様?」
室内の灯りは消されておらず、暖炉の火が赤々と燃えている。
しかし暖かいはずのその部屋はやけに寒々としていた。
見ればバルコニーへ続く掃きだし窓は開け放たれ、薄紗のカーテンがかすかに揺れている。
もしやと思いバルコニーへ出る。
「ユーリ様……?」
するとすぐに返事があった。
「姫? どうかしたのか?」
視線をめぐらせるとバルコニーの手すりに軽く背中を預け、腕を組んで立っている青年がいた。
白い髪に灰色の瞳、白い肌の青年の姿は夜の闇の中にあっては白く浮かび上がった。
あと数日でアグライアと結婚式を挙げる次期フレンドル大公ユーリは、自分で言った言葉に苦笑した。
「いや、姫ではなかった。皇帝陛下と呼ぶべきか」
「いいえ、どうぞいままで通り……いえ…」
アグライアはゆるく首を振った。
「アグライア、とお呼びください。父が亡くなったいまは私の名を呼べるのは母とあなた様しかいないのですから」
「わかった。あなたがそういうのならそうしよう」
シーナ・ファスティマとの和睦も成り、いままでとは違う形ながらもアルカディウスに平和が戻ってからは、少し肩の荷がおりたのか、ユーリはベチェルスカにいたころよりも随分とくつろいだ表情をしていた。
もちろん、これからベチェルスカに戻ってやらなければならないことは多い。
しかし、今のユーリは以前よりもずっと活力に溢れているように見えた。
「では、アグライア……何か用だったのか?」
「あ……ええ、はい」
用があるのは確かだったが、用がなければ来てはいけなかったかと少し落ち込んだ。
お互いに忙しい二人はこの三日間ほど顔を合わせて挨拶する程度でまともな会話すらしていない。
皇帝という立場にもかかわらず、思いがけず心から慕う男性と結婚することになったアグライアだが、これまで恋愛というものから縁遠かったために、会いたいと思うときに会いにきてはいけなかっただろうかと考えた。
(ようやく時間ができたのに…)
ユーリからも「あなたを愛している」と告白されているのだから両想いのはずなのだが、男性と女性とでは気持ちの向け方が違うのだろうか。
拗ねてしまったアグライアはその不満を顔にだすことはせず、今日は用件だけ話して自室に引き揚げようと思った。
「あの」
用件を話そうとしたのだが、初冬のアルカディウスの夜はさすがに寒い。
思わずぶるっと震えたアグライアの肩に温かなものがかけられた。
ベチェルスカにいた頃よりも薄手だが、丈の長いカフタンはユーリの体の温もりをアグライアに伝えた。
「あ、ありがとうございます。…寒くはないのですか?」
「寒いとは思うが耐えられないほどではないぞ。ベチェルスカに比べればずっと暖かい」
寒さに対する耐性が違うのだろう。
そういえば初めてアルカディウスに足を踏み入れたときも、ここはとても暖かいと言っていた。
「だからこうして夜の海を眺めていられる……本当に美しいな、この街は」
ユーリはそう言ってふたたび夜の海を眺めやった。
和睦してからは沖にあったシーナ・ファスティマ軍の軍艦の数はずいぶんと減っている。
高台にあるこの城は海からの風を直接受けるのだが、その冷たい風を心地よさそうに頬に受けているユーリの横顔をアグライアはぼんやりと見つめた。
ルパーシカとカフタンというフレンドル独特の衣装を着こなすユーリはアルカディウスでも相当目立った。
だが、洗練されたアビリア語をあやつり、知識と教養も十分に兼ね備え、白い彫像と見まがうような整った容姿と威風堂々とした立ち居振る舞いを見た元老院の重臣たちは北の蛮族と蔑んできた国の君主に対する考えを改めたようだった。
「次はいつ見られるかわからないからな。思う存分見ておこうと思う」
そうだ。もうすぐ自分はこの人と結婚し、北の大地へ旅立つのだ。
だからというわけではないが、気がかりなことがあったアグライアはユーリに相談しようと訪れたのだった。
すると、ユーリも何か思い出したのかアグライアに振り向いた。
「そういえば、アグライア。あなたに相談したいことがあったんだ」
「なんでしょう?」
「出立を一日…いや、二日早めたいんだが、準備のほうは間に合うか?」
「え、何故です? ベチェルスカで何か問題でも?」
「いいや、何も問題はない。定時連絡以外は爺から宮殿の火事の後片づけが大変だということと、早く官邸への引越しを終えて俺たちを待っているという連絡が来たくらいだ」
ユーリはひょいと肩をすくめると、話題を元に戻した。
「帰りにキルクス島に立ち寄りたいと思っている。もちろん、我が軍はフレンドルの南港まで先に帰らせて、俺たちと護衛の者だけで行きたいんだが、かまわないか?」
それはまさに渡りに船だった。
アグライアもそれを相談しようと思っていたのだ。
かの島で病気療養中の母のことが気がかりで、せめてベチェルスカに戻る前に一度見舞いに行きたかった。
「ええ、それはもちろん。実は私もそれをご相談しようと思っていたんです。母がまた臥せってしまったと聞いていたので…」
「ああ、それは俺も聞いている。だからあなたの元気な姿を見れば少しは良くなられるのではないかと思ったんだ」
夫である皇帝の崩御の報せを聞いたアグライアの母テミスはせっかく回復しかけていたのに再び床についてしまった。娘の婚約の報せには喜んだというが、何もできなくて申し訳ないという代筆で書かれた手紙が送られてきていた。
「あなたの父君にはお会いできなかったが、せめて母君にはお会いしてご挨拶がしたかった。それにお詫びも申し上げないといけないと思って……」
「お詫び? あなたが母に……?」
一体何を詫びねばならないのだろうかとアグライアは首を傾げた。
するとユーリはアグライアを真正面から見つめた。
「あなたをベチェルスカへ連れていってしまうからだ」
きゅっと胸が締め付けられるような気がした。
「そんな、こと…母は気にはしないと…だって、これは必要なことで、私が決めたことです。皇帝として、そして、あなたの妻になる者として……」
「ああ、わかっている。これは俺の気持ちの問題なんだ」
必死に言い募ろうとするアグライアを宥めるようにユーリは肩を引き寄せた。
そしてそのまま腕の中に閉じ込めるように抱きしめる。
「ただ、俺が会いたかっただけなんだ。あなたを生んだ母君がどんなお方なのか知りたかった」
「ユーリ様…」
「きっとあなたのように優しくて他人を思いやれる方なんだろうな…」
温かな腕の中、どこか痛みをこらえたような声を聞くと、もしかして自分の母のことを考えているのだろうかと思った。
いたわるように背中に手を回すと、その背の冷たさに思わず手をひっこめた。
「いけません!」
「何だ?」
逞しい胸に手を当てて必死に体を離すと、戸惑ったような灰色の瞳を見上げた。
「ずいぶんと冷えているではありませんか!たしかにここはベチェルスカよりも暖かいかもしれませんが、冬には変わりないのですよ!」
さあ早く中に入ってと腕をひっぱるとユーリは笑い声をあげた。
「わかったわかった。心配性だな我が婚約者殿は」
アグライアは背中に軽く添えられた手に促されるように室内に入った。
窓を閉めるとゆっくりと部屋が暖まってくる。
「さあこれを」
肩にかけられていた大きなカフタンをユーリの肩にかけた。
きちんと袖を通すのを確認するとホッと息をつく。
「しっかり温まってください」
暖炉の火は足りているかと様子を伺おうとすると逞しい腕が行く手を阻んだ。
「あなたは温めてくれないのか?」
気づけば背中は壁にあたり、顔の両側はユーリの両腕にはさまれている。
真正面からユーリを見上げることになったアグライアは一瞬呆けた顔をしたが、猛禽類の獲物を狙うような瞳を見て何を言われたのか理解するとじわじわと頬を赤くした。
「なっ…な、なにをっ…」
言葉が継げず、パクパクと口を開閉するだけのアグライアにユーリは吹き出した。
「冗談だ」
笑いながらアグライアから離れると、背後にあった長椅子の背もたれに軽く腰かけた。
「あと少しで結婚式なのだから急いたりはしない」
からかわれたとわかって思わずムッとなりかけたが、続くユーリの言葉に再び頬が熱くなる。
「俺はそれでもかまわないが、姫君は違うだろう?」
そう言ってユーリは部屋の入り口の扉を顎で示した。
「長時間出てこなかったら中で何をやっているのかと勘ぐられる」
「そ、そんなことっ…衛兵たちはそんなこと考えたりはしません!」
他愛のない戯れのようにからかわれているとわかっているのに、生真面目なアグライアはどう反応していいのかわからない。
怒っているわけではない。けれどもっと優しくしてくれればいいのにと不満に思ってしまう。
拗ねてしまったアグライアはドレスをつまんで頭を下げた。
「もう失礼いたします。おやすみなさいませ」
自分でも不機嫌な顔になっているのがわかる。
いやだ。本当はこんな顔したくないのに。
嫌われてしまったらどうしよう。
でも自分が謝るのは違う気がする。
扉の取っ手に手を延ばそうとしたら、大きく骨ばった手に遮られた。
視界が陰って、思わず顔をあげると白いものが見えてとっさに目を閉じた。
唇に温かくて柔らかいものが触れる。
それが離れていくと同時に目を開けると彫りの深い端整な顔が吐息を感じられるほど近い位置にあり、慌てて目を閉じると再び唇に触れてくる。
今度の口づけは後頭部に大きな手が添えられ、先ほどよりもずっと長く感じた。
「すまなかった」
ユーリは気まずそうに謝った。
「あなたとまともに顔をあわせて話をするのは三日ぶりだったから、つい楽しくてからかいすぎた。本当にすまない」
「……」
ずるいと思った。
そんな風に謝られたら拗ねた自分が子どもみたいだ。
それにもう一つ。
「……いです」
「ん?」
「これでは外に出られません」
熱くなった頬を両手で押さえてユーリを見上げた。
耳や首すじまで熱い。
きっと林檎のように赤くなっているに違いない。
こんな顔で外に出たら、それこそ衛兵に何と思われるか。
潤みそうになっている目で恨めしげに見上げると、笑い声をあげたユーリに抱き寄せられた。
「ならば、もうしばらくここにいるといい」
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