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「アルケミストの誓約」を読んだ人はいるでしょうか。
「白金の王女の夢物語」と「黄金の騎士の恋物語」で前後編となっているのですが、私としてはこういう話は好き。
エピローグで6年経ってたので、その間の話を脳内補完という形でSSにしてみた。
「アルケミストの誓約」を読んだ人はわかる内容。
読んでない人にとってはチンプンカンプンな内容なので、そのつもりで読んでください。
ネタバレ全開ですのでご注意を。
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爽やかな朝に吹く風がカーテンを揺らしている。
その隙間から朝陽が差し込んでいるのだが、光の当たり方からして、もう朝陽とは言えないのかもしれない。
アンジェリンはカーテンの隙間から見える小さな庭に目をやり、次いで目の前で眠る男性に目を向けた。
「いつもながらよく眠るひとだ」
口調は呆れているものの、目は笑っている。
眠っている男性の名はウィルフリッド・バー・アーリンガム。
かつては『英雄』とさえ呼ばれた人だが今は違う。
錬金術によって改造された《騎士》だったが、今はその素性を隠してブラッキアリ王国のとある街で暮らす小説家だ。
そして、アンジェリンにとって、生きている人の中でいちばん大好きで大切なひとでもある。
アンジェリンは男性が眠るベッドに近寄ると、その傍らに膝をつき、ベッドに頬杖をついてその寝顔を眺めた。
顔にかかる前髪をそっと払うと目を閉じていながらも整った顔立ちが露わになる。
ウィルはかなりの美男子なのだが、本人は目立つのが好きではないらしく、できるだけ人目につかないように努力を重ねたおかげと、長く伸びた髪も手伝って今では普段は茫洋とした外見を保つことに成功している。
しかし、こうして眠っていれば無抵抗ということもあり、綺麗な顔立ちをじっくりと眺めることもできる。
でも、アンジェリンは今は隠されている青い瞳が見えるほうが好きだったので、彼を起こすことにした。
「ウィル、そろそろ起きたほうがいい」
ちょんちょんと形の良い鼻先を人差し指でつつくが目を開けるどころか起きる気配すらない。
彼は改造を受けた《騎士》なので、普通の人の何倍も感覚が鋭いのだが、その感覚をコントロールしていて日常生活ではそこら辺にいる人となんら変わりない反応を見せる。
これくらいでは彼は起きたりしないのだ。
なにしろ朝寝が趣味だと言い張るくらいなのだから。
だが、いくらなんでも朝寝とは言えない時間帯だ。
アンジェリンがウィルと二人で暮らし始めて三年が経っていた。
あの『コローニア大博覧会事件』の後、ウィルが暮らしていたブラッキアリの街へ戻ってきてこぢんまりとした家を借りた。
ウィルが住んでいた下宿で二人で暮らすにはさすがに無理があったらしい。
そこでその下宿の大家さんであるシャーロット嬢があちこちに声をかけてくれて空き家になっている家を借りる手配をしてくれたのだ。
それ以来、必要なものだけが揃っているこの家で暮らしている。
コローニアの王女として暮らしていたアンジェリンには不便な生活をさせるかもしれないとウィルは気にしていたが、アンジェリンはそれで構わなかった。
自分の望みはウィルとずっと一緒にいることだ。
王女などでなくてもいい。ウィルがいればどこに行ってもよかったのだ。
彼がいれば、そこが自分の国だ。
だから、今は彼と暮らすこの家が、街がアンジェリンの家であり、街だった。
ウィルは基本的になんでもできるひとだったので、料理をはじめ、家事などの日常生活に関することはなんでも教えてくれた。
あいつならこんなことしなくていいって言うかもしれないけど俺は違うから、とウィルは言っていたし、アンジェリンも自分ができることならなんでもやろうと思った。
それが二人で暮らしていく、生きていくルールだと思ったのだ。
アンジェリンは真面目に練習したので今では料理はそこそこできるし、レモンタルトだって作れる。掃除や洗濯だって一人でできるようになった。
そうしたアンジェリンの行動につきあっていたおかげでウィルの生活態度が随分と改善されたとシャーロット嬢は複雑そうな顔をしながらも喜んでいた。
今日は大学が休みなので朝食はウィルと一緒に食べようと準備をしたのだが、もう少ししたらお昼ごはんになってしまいそうだ。
「ウィル」
声をかけるがウィルは目を開けない。
小さく聞こえる寝息と微かに上下する胸元のおかげで生きているとわかるが、ただ目を閉じているだけだと彼が止まってしまったのではないかと錯覚してしまいそうになる。
でも彼が止まってしまうことなど何もない。
ここは平和で、彼を止めるものはいないからだ。
「ウィル、起きて」
こんなときは毛布をひっぺがして床に転がせばいいんだよ!とシャーロット嬢ならば言うのだろうが、あいにくとアンジェリンにはそんな腕力はない。
「ウィル」
肩を軽く揺すってみたが、それでも起きない。
軽く開いた口元から寝息が聞こえる。
それをジッと見ていたアンジェリンはベッドに軽く身を乗り出した。
「ウィル、起きないと……」
こうするぞ、と彼の形のよい唇に自分のそれを重ね合わせた。
「…………っ………!?」
それはほんの数秒間だったが、ウィルは目を見開いた。
反射的に飛び起きそうになるが、目の前に白金の髪が見えたため、常人ではできないような反応速度で体が固まった。
「ア、ンジェリン?」
「おはよう、ウィル」
頬を赤らめて微笑むアンジェリンは恥ずかしそうに軽く体をよじった。
その姿がなんとも可愛らしくて、起きぬけながらも手を伸ばしそうになったウィルは慌てて片手をもう一方の手で押さえつけた。
「いやいや、今は朝だから!」
「もう朝じゃないぞ」
立ち上がったアンジェリンは起き上がったウィルの手を引っ張った。
「せっかく朝ごはんを作ったのだから食べてくれないと困る。今日はお昼ご飯を食べに行こうと約束しただろう?」
「そうだった」
先日書き上げた小説の原稿料が昨日入ってきたのだ。アンジェリンも大学が休みなのだから、久しぶりにどこかへ出かけて昼食を食べようという話をしたばかりだった。
「それともう一つあるのだけど」
「うん?」
「だから…」
アンジェリンは立ち上がったウィルのそばに寄りそうように立ち、寝間着代わりのシャツの袖をつかんでもじもじしている。
軽く伏せた目元から頬、髪の隙間からのぞく耳は赤くなっている。
(あー、そっか)
ウィルは自分も照れくさくなりながらアンジェリンの肩に手を添えて、そっと体から離した。
「おはよう、アンジェリン」
囁くように言って、先ほど自分がされたようにアンジェリンの柔らかな唇に口づける。
今の二人は『友達』ではなかった。
お互いがお互いの唯一無二の存在として、『恋人』という新しい関係と絆を手に入れていたのだった。
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