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【素朴な疑問】
「おとさん!」
ハッとしたように顔をあげた桃子を薫は怪訝そうに見た。
「お義母さん? どうかしたんですか?」
「あ、たいしたことじゃないのよ。驚いたわ。いずみの声が吾郎の子どものころにそっくりで。やっぱり親子ねぇ」
桃子の視線の先には、庭で素振りをするいずみとそれを指導する吾郎の姿があった。
「おとさん、ボクも~!」
そう言ってせがむ大吾もいる。
プロ野球のペナントレースも終わり、少しだけ時間に余裕ができた吾郎はここ最近、子どもたちの相手でてんやわんやだ。
すっかり野球に魅せられた子どもたちは、おとさんに休む暇も与えない。
吾郎は「少しはおとさんを休ませてくれ」と言いながらも、野球を教えるその表情は嬉しそうだ。
「いずみくらいの年の吾郎はあんな声してたなぁって…『おとさん!』って呼ぶと、小さな吾郎を思い出すわ。可愛かったわねぇ、あの頃の吾郎は」
「そうですかぁ? 私が覚えてるのは超生意気な吾郎なんですけど」
「ねぇねぇ、誰の話?」
いつの間にかリビングに戻ってきたいずみが話に割って入ってきた。
「いずみがおとさんによく似てるって話よ」
「え~?」
いずみは振り返って、今度は大吾に素振りをさせている吾郎を見た。
今ではすっかり憧れというか尊敬の気持ちを抱いているおとさんだが、女の子としてはおとさんに似ていると言われると複雑なのか、口をへの字にした。
「いずみ、おとさんに似てないもん。ママに似てるって言われたほうがいい」
「あら、そう?」
「そうねぇ、顔はママ似よね。でも、声が似てるのよ。小さなころのおとさんそっくり!」
するといずみは再び変な顔になる。
「え~? おとさんの声、全然違うもん! いずみみたいな声じゃないよ」
「おとさんがいずみくらい小さかったころの話よ。……ああ、そうそう!」
桃子はちょっと待っててと二階へ上がっていき、何かを持ってきた。
「これ見て、この前押入れを片づけてたら出てきたの」
「わ~、アルバムですか?」
薫が顔を輝かせた。
吾郎とは小学生からのつきあいだが、結婚してからも吾郎のアルバムは見たことがなかった。
「ええとね…このあたりかしら」
桃子が開いて見せた写真を見て、薫はあっと声をあげて娘を見た。
「いずみ、おとさんはどこにいると思う?」
「おとさん? ……これ、ドルフィンズのユニフォームだ!」
自分も所属しているリトル野球のチームユニフォームに驚いたように声をあげる。
「そうよ、いずみと同じでおとさんもドルフィンズに入ってたのよ」
「そうだったんだ…えと、おとさん……」
写真の中の少年たちは、いずみよりもちょっと年長に見えた。四年生か、五年生くらいかもしれない。
その中に自信たっぷりというか、不適な笑みを浮かべた少年がいた。
いずみはすぐに気づいた。顔は幼くてもどこか面影がある。
「これ、おとさんだ!」
「そうよ、これがおとさんよ」
「へえ~、これがおとさんか~、なんかちっちゃーい! 可愛い~!」
「誰が可愛いって言ってんだよ」
女性陣が集まって騒いでいるのが気になったのか、吾郎たちもリビングに入ってきて、いずみのうしろから覗き込む。
「げ、こんな写真、まだとってあったのかよ」
「当たり前じゃないの。子どもの成長記録なんだから」
「おとさん可愛い~! 今はすごいおっさんだけど」
「こら、おっさんは余計だ」
吾郎はいずみの髪をくしゃくしゃと撫でると大吾を抱えて隣に座り、同じように覗き込む。
「じゃあいずみ、かーさんはどこにいると思う?」
「ママ?」
「ちょっと、おとさん!」
薫が慌てたように言うが、吾郎は気にせずに娘に言った。
「かーさんもここにいるぞ? さあ、どこだ?」
「えっと…」
「あー、おねーちゃんだ!」
大吾が声をあげて写真の一点を指した。
「何言ってんの、大吾。ずーっと昔の写真だもん。あたしがいるわけ…」
弟の小さな指先にある写真の中の人物は、いずみに驚くほど似ていた。
「これが、ママ?」
泥だらけのユニフォームにショートカットの少女は、楽しそうに笑っている。
「そうよ、これがいずみのママよ。この頃の薫ちゃんは女の子一人で頑張ってたわよね」
「ヘタクソだったけどな」
「悪かったわね、ヘタクソで」
「まあでも、そのヘタクソが頑張ったおかげで、横浜リトルに勝てたんだからな……いずみ?」
これがママ……ママもソフトボールやってたって聞いたけど、野球もやってたんだ…。いずみと同じで女の子で野球やってたんだ。ママも!
「ママもドルフィンズだったんだ……ママ、可愛い」
「ママ、可愛いー!」
子どもたちに褒められて、薫はまんざらでもなさそうな顔をした。
「あ、あら、そう? ホホホ、やっぱりそうかしら?」
「おい、いずみ、視力悪いんじゃねーか?」
「吾郎!」
ダン、とテーブルの下で薫が足を踏んづけ、吾郎は悶絶する。
「でも、おとさんとママって小学生の頃から一緒に野球してたの?」
いずみは素朴な疑問を両親にぶつけた。
「おお、そうだったな」
「おとさんに誘われたのよ。野球やろうぜってね」
「何言ってんだよ。俺が誘ったのは小森で、おまえは誘ってねーだろ。自分から野球やるって言ったんじゃねーか」
「あ、あら? そうだったかしら」
「ふーん……そうだったんだ~。おとさんとママってちっちゃな頃から友達だったんだね」
「ん、そーだな」
吾郎はいずみの小さな頭をぐりぐりと撫でた。
顔や強気な性格は母親ゆずりで、そういえば小さな頃の薫はこんな感じだったなと思い出す。
そんな風に昔を思い出して鑑賞にひたっていた両親に、娘は爆弾を投下した。
「じゃあ、おとさんとママは小さなころからずーっと好き同士だったんだね!」
「……」
「……」
「「はい!?」」
目を丸くした両親に構わず、いずみはキラキラとした目で見つめた。
「『ケッコン』って、好きな人同士がするものなんでしょう? おとさんとママは『ケッコン』してるんでしょう?」
「う、うん」
「ま、まあ、そうなんだけど…な?」
相手はまだ幼い娘だが、こうストレートに訊ねられると答えるのも気恥ずかしい。
吾郎がチラリと母を見ると、桃子は焦った様子で立ち上がり、「そういえばいずみが生まれたころの写真もあるのよ~」と言いながらリビングを出て行った。
子どものころから恥ずかしいことは全部知られている母親ではあるが、さすがにこういう話まで聞かれるのはどうかと思う。
「おとさんとママは好き同士じゃないの?」
歯切れの悪い両親にいずみは不安げに首を傾げた。
おとさんとママは大好きだ。時々喧嘩はしているけど、仲良くしているのを見ると嬉しくなるのに。
「え、えーとね、いずみ」
「バッカじゃねぇのか。好きじゃなかったら結婚してねーし、いずみや大吾だって生まれてねーよ」
だからくだらない心配するな、と吾郎はいずみの頭を撫でた。
「ホント!?」
「ああ、ホントさ」
「よかった! ね、ママ!」
「え、ええ、そうね」
薫が娘に頷きながらも吾郎をチラリと見ると、吾郎はぷいっとそっぽを向いた。
が、とりあえずは娘の不安は取り除けたようだ。
ちょっと恥ずかしかったけれど、吾郎の気持ちも確認できて得した気分だ。
だが、娘の爆弾投下はここで終らなかった。
「じゃあね、おとさんとママと、どっちが『ケッコンして』って言ったの? プロポーズって言うんでしょ? やっぱりおとさんがママに言ったの?」
「バ、バカ、そういうことは聞くもんじゃねーよ」
焦った吾郎は娘から視線をそらした。
娘に母親のことが好きかと聞かれたら、それくらいは答えられるが、何故プロポーズの言葉まで教えなければならないのか。
というか、絶対に知られたくない。
だがいずみは引かなかった。
「ねーねー、おとさん!」
「…あーもう! 忘れちまったよ! かーさんに聞け、かーさんに!」
「ええっ!?」
突然お鉢が廻ってきて、今度は薫が焦る。
「ママ、教えて!」
袖をひっぱられて薫は困ったように吾郎を見る。
だが、吾郎はもうこっちを見なかった。
ここはもう正直に言うしかない。
「いずみ」
薫はいずみを手招きして耳打ちした。
「うん、わかった」
あっさりと頷いて弟を誘って庭に出た娘を吾郎は見やる。
「おい、薫」
「ん?」
「何て言ったんだよ?」
「んー? 秘密」
クスリと笑って薫は食器を片づけようと立ち上がる。
「お前、まさか本当に教えたのか?」
「さあ、どうかしらね?」
「ごめんね、いずみ。それはね、ママがおとさんにもらった大事な言葉だから、教えられないのよ」