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「石崎くんちの銭湯に入るのも久しぶりだね」
「ああそうか。翼は中学以来だもんな。みんなはけっこう入りに来てるんだけどよ」
石崎の家は銭湯を経営している。
翼や岬、南葛出身のユースチームメンバーは、自主トレ後に銭湯に入りにきたのだった。
銭湯が開く時間は四時半からなのだが、翼たちはそれより前に貸切で入らせてもらっているのである。
だが、翼たちだけでなく石崎たちの後輩である南葛高校のサッカー部の部員たちも一緒だったので、男湯内は賑やかだ。
翼たちは早々に湯船につかって今後の話をしていた。
【ここだけの話~石乃湯編~】
ワールドユースアジア予選が終了して、全日本ユースチームメンバーも本戦のための合宿に入る前に短い休暇で各地元に帰っていった。
翼はこのたびはブラジルにすぐに戻ることなく、南葛の実家に帰ってきていた。
だが、ゆっくり休んだのは帰国した翌日だけで、すぐに自主練習を始めていた。
ワールドユース開催国が内戦状態になったとはいえ、正式な中止は伝えられていないし、日本サッカー協会からもユースチームの解散の連絡はきてないのだ。いつでも合宿に入る準備だけはしておかなくてはならない。
地元南葛に戻ったメンバーは全メンバーの半数近くを占めているので、皆で練習することにしたのだが、そのときに活躍したのが南葛高校現キャプテン新田瞬だった。
彼は南葛高のサッカー部監督にかけあってグラウンドを貸して欲しいと頼みこんだのだ。
岬、石崎たちは南葛の卒業生でもあるし、卒業生ではなくてもブラジルで活躍する地元出身の有名人の翼がいるのだ。監督も断る理由がなく了承した。
そのかわりといって、翼は校長室で教員のために数十枚の色紙にサインを書かされたのだが、グラウンドを使わせてもらえるのならお安い御用だ。
「練習相手にはちょっと役不足かもしれなかったですけどね」
湯船に肩までつかった新田は軽く肩をすくめた。
サッカー部としては夏のインターハイに出場はしていたが、新田は参加していない。主力メンバーは一部三年生が残っているが、ほとんど二年生に代替わりしてしまったので、力不足は否めない。
「次の合宿に入るまでの調整だから、ちょうどいいよ」
「そうだな。あいつらもいい練習になっただろうよ。なんてったって、プロの翼のプレイが生で拝めるわけだし」
「でも、まだ夏休みで助かったよな」
「そうそう。学校始まってたら、それこそ見学者でいっぱいになってたんじゃないのか?」
「でも、明後日からは学校始まりますよ」
新田の言葉にえっと声をあげる。
「もうそんなだったか?」
「おれは学校あるから行かなきゃならないっすけど、先輩たちはどうするんです?いくらなんでも学校始まったら日中は使えませんよ。放課後ならなんとかなると思いますけど」
翼はう~ん、と唸った。
グラウンドが使えないとなると、どこか他の場所を借りるしかない。だが、どこにいても目立ちそうな気がするのでどうしたものか。
「だったら、放課後まではランニングとか筋力トレーニングに時間を使ったらどうかな。アジア予選でも試合の終盤には翼くんについていけなくなることが多かっただろ?ボクたちは少しでも翼くんについていける体力をつけるべきだと思うんだ」
岬の提案に石崎たちは頷く。
「そりゃいいな。翼、学校始まったらそうしないか?」
「そうだね。筋力トレーニングは市のスポーツセンターのトレーニングジムでできることだし」
「えーっ、いいなー。先輩たち。おれも学校休んで一緒にいこうかな」
「バーカ、おまえは学校行けよ。卒業できなかったらどうすんだよ。行けるときには行っとけって」
「ちぇっ、わかりましたよ」
新田はむくれてソッポを向いた。それくらいで拗ねんなよーと来生と滝が笑いながらなだめる。
「ま、それも合宿に入るまでだ。おれたちが筋力トレーニングしている間はマネージャーたちも用がないから学校に行けるだろうし」
「ん、ああ、そうだったな。あねごは短大があるし、ゆかりも保母さんの勉強があるもんな」
「うん、そうだね」
翼たちが自主練習を開始すると、早苗とゆかりは久美一人では全員の世話は大変だろうとマネージャーを手伝いに来ていたのだった。
「あねごなんて喜んで翼の世話してるもんな」
「えっ、そうかな」
「一応は部外者になってんだから翼一人の世話をすりゃいいのに、相変わらず全員平等って感じでみんなの世話してるけど、あれは喜んでるね。絶対に」
「うん、嬉しそうだもんね。毎日」
岬までもがニコニコしながら同意するので、翼は照れてしまう。
早苗との仲は周知の事実なのでいまさら隠すことではないが、なんだかちょっとやりにくいなぁというのも素直な感想ではある。でも、決して早苗を遠ざけようとは思わないけれど。
四月に早苗が単身でブラジルまでやってきたときに思い知った。彼女に我慢をさせすぎたような気がしたのだ。近くにいる間はできるだけそばにいてやりたいし、いて欲しいとも思うようになっていた。
「合宿に入る前に、一度はデートくらいしといたらどうだ?」
「うん、そうだね」
翼が頷いたときだった。
『きゃああっ!』
「えっ!?」
「なんだぁ?」
男湯内にいた全員が顔をあげる。
「いまのって…」
「西本さんの声じゃなかった?」
「うん」
岬と翼が顔を見合わせる。
思わず壁に目をやった。
その向こうは女湯だ。
そしてそこには早苗、ゆかり、久美のマネージャー三人娘が入っていたのだ。
『久美ちゃんったら、またやったわね!』
『…ゆかり先輩っていいですよねー。大きくて』
『そんなに大きくないわよ。もう、毎回言ってるじゃないの』
『そんなことないですよ。十分大きいですって!私なんか全然なのに…』
「おいおい…」
「何話してんだよ…」
男湯内では賑やかだったのがすっかり静まりかえっていた。
聞こえてくる話の内容に全員が聞き耳をたててしまっている。
翼もどうもこれはヤバイと思いつつも、ここで声をあげるわけにもいかないので黙りこんでしまった。
『久美ちゃんはちょっと痩せすぎよ。もう少しお肉をつけたほうがいいんじゃないの?』
聞こえてきた声に翼がビクリと反応する。周囲の視線が自分に集中して、翼は思わず苦笑いした。
『早苗先輩に言われたくないですー。早苗先輩だって痩せてるじゃないですか。そのくせけっこうあるし…』
『あら、久美ちゃん、早苗は痩せてるというよりはひきしまってるのよ。バイトはしてるし、サポーターズクラブはあるし、かなり動き回ってるものね。そのおかげで筋トレやってないのに形いいのよね。いいこと、久美ちゃん。大事なのは大きさじゃなくて形よ、形!早苗のを見なさいよ、ほら!』
『やだっ!なにするのよ!』
『ホントいいですよね~、早苗先輩のって』
翼は思わず湯船に顔を突っ込みそうになるのを必死で我慢した。
頼むから早く終わってくれないだろうか。
のぼせそうだ。
『も、もういいでしょ?まったくもう、二人して何するのよ…』
『隠すことないじゃないですかー。女同士なんだし』
『二人してジロジロ見ることないでしょ!』
『久美ちゃん、早苗はもう翼くん以外には見せたくないのよ』
『な…』
「おまえ、見たことあんのか?」
興味津津という表情で石崎が声を抑えて尋ねる。
『何言ってるのよ。まだ見せたことないわよ!』
「まだ見たことないよ!」
『え?……』
「あ」
口を押さえたがもう遅い。
『ええ~っ!?』
『ちょっと!聞こえてたの!?』
『きゃーっ!やだー!』
『石崎!?あんたたち、そこで聞いてたわね!?』
女湯のほうから悲鳴のような声が聞こえる。
「お…おまえらがでけぇ声で喋るのが悪いんだろ!」
「そうだよ、おれらのせいにするなよな!」
『何言ってんのよ。聞いてたのはホントでしょうが!』
『つ……翼くん?』
早苗の声が聞こえる。
翼はごくりと唾を飲み込んだ。
『翼くん!いるのよね!?』
「う、ん…いるよ…」
『い、今の、聞いてた!?』
「聞いてたんじゃなくて、聞こえたんだよ!」
聞こうとして聞いていたわけじゃない。
翼はそれだけは言おうとしていたのだが、この際、そんなことどうでもいいのだ。素直に「聞こえてました。ごめんなさい」と言えばよかったのだが時既に遅しである。
『やだーっ!もうっ、翼くんのバカバカー!エッチーッ!』
ピシャピシャピシャ
ガラッ!
ピシャン!
「な……なんでおれが…」
エッチ呼ばわりされなければならないのだ。
というか聞いていたのはここにいる全員ではないか。
それなのに、なぜ自分だけ?
翼はそんな疑問が頭の中を巡った。
翼よ、女心というのはそういうものである。
早苗の機嫌が直ったのは、合宿に突入する前のデートを申し込んだときである。