管理人の日々徒然&ジャンルごった煮二次創作SSアリ
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【きらいきらいも】
メキシコユースとの試合が終わったその日の夜。
翼は病院の一室から出てきた。
付き添いで一緒にきていた三杉が椅子から立ち上がる。
「翼くん、具合はどうだい?」
「うん、大丈夫だよ」
試合中に脳震盪を起こしたために検査してもらうためと、怪我の治療のために病院にきていたのだ。
昨夜縫合した傷口が開いたので再縫合してもらったのだが、医者はあきれかえっていた。
たとえ命に別状はない傷とはいえ、無茶をしてさらに悪化させるとは何事かと。
いまはまだ麻酔が効いているので傷口が痛むことはない。
とりあえず、次の試合までに痛みだけでもおさまるといいのだが。
そんなことをつらつらと考えていた翼に三杉が言う。
「自分を鍛えることは必要なことだと思う。だけど、いま君が試合に出れないなんてことになったら日本の優勝なんて絶対にないんだ。気をつけてくれ」
厳しい表情の三杉に翼は頷く。
「本当にゴメン。おれもわかっているんだ。だけど…いまは少しでもブラジルユース…いや、各国のユースチームに対抗できるだけの力を身に付けなくちゃならない。そう思ったらいてもたってもいられないんだ」
「翼くん…」
ブラジルのプロチームでプレイしていた翼は、三杉には感じとれない危機感みたいなものを感じとっていたのかもしれない。
だが、いまはやはり無理をしてほしくない。岬を欠いた今、翼まで怪我で欠場なんてことだけは絶対に避けたいのだ。
「無理と無茶は違うよ。わかってるよね。翼くん」
「ああ、わかってる」
「ならボクは何も言わない。だけど、やっぱり君にはよく効くお灸と薬が必要だと思う」
「え?」
お灸と薬?
薬なら先ほどもらったけれど、お灸ってすえられるものではないだろうか。
翼は三杉が何を言いたいのかイマイチつかめなかった。
すっかり暗くなってしまった外に出ると、病院の入り口の外に置いてあるベンチから人影が立ち上がった。
「ここにいたの。夜になると冷えるから中にいればよかったのに」
「いえ、いいんです」
三杉の言葉に応えた人影に翼は目を瞠った。
「早苗ちゃん…」
中沢早苗はサポーターズクラブのTシャツから私服に着替えていた。
「じゃ、しっかりお灸をすえてもらって、癒してもらうといいよ」
三杉はにっこりと笑って翼の肩をポンと叩くと、一人駐車場に向かって歩き出した。
「向こうで待ってるからね」
さすがは天才三杉淳。翼がどこをつかれると痛いのかよくわかっている。
三杉が去ってしまい、翼はここにいると邪魔になるからと早苗を促して正面入り口から離れる。
薄暗い場所に移動して正面から向き合うと、翼は早苗になんと言おうかと言いあぐねた。
「あの、早苗ちゃん…」
「何回目?」
「え?」
早苗は翼と目を合わせようとせず、俯いたままだった。
「私が、無茶しないでって、翼くんにお願いしたの何回目?」
「え、えっと……」
もう何回も言われているので覚えてない。なんて言えないだろう。どうしたものかと思っていたら、早苗が顔をあげる。
暗闇の中でもキラキラと輝く涙で潤む目を見ただけで、翼は何も言えなくなった。
「いつもいつも…私がどれだけ心配してるか、全然わかってない!」
早苗はそれだけ言うと両手で顔を覆って肩を震わせた。
静かにしゃくりあげる早苗の肩を翼は引き寄せる。
「早苗ちゃん、ごめん…。心配ばっかりかけて…」
他に何も言えない。ただ謝ることしかできないなんて。
「翼くんなんて嫌い」
しゃくりあげながら早苗はポツリと言った。
「翼くんなんて嫌い。無茶はしないって言っておいて、試合になると約束やぶるんだもの…きらいよ」
「早苗ちゃん」
嫌い、と言いながら早苗は翼に身を寄せてくる。
本気でないなんてわかっている。翼が微かな笑みを浮かべて抱きしめると早苗は翼の怪我を気づかうようにそっと翼の背に自分の腕をまわした。
「はじめてだよ」
「え?」
「早苗ちゃんに『嫌い』って言われたの」
「…ウソ、だからね…?」
「うん、わかってる」
囁くように言うと、早苗の顔をあげさせて指で涙を拭った。
そのまま柔らかな頬を撫でると、ゆっくりと頬を傾ける。早苗も自然と目を閉じてつま先立つ。
柔らかで確かな感触を唇に感じた。
そっと唇を離して、間近で大きな瞳を見つめると早苗は囁くように言った。
「これでごまかせるなんて思わないでよね」
「…あ、やっぱりダメ?」
早苗は至近距離でダメ!と言った。やっぱりごまかすつもりだったんだ!
「次の試合、絶対に無茶したらダメですからね!」
「わかったよ。無茶はしない」
無理はするけどね。
その翼の心の中を読んだのか、早苗の声が一段と低くなった。
「無理もダメ」
「…う、努力します」
「よろしい」
「…さすが早苗ちゃん」
どういうわけか、こういうときの翼の心理を正確に読んでくる。
それでも、彼女は絶対に「試合に出ないで」とは言わない。
それが嬉しくて、ほっそりとした体を抱きしめた。
温かくて柔らかな体が心地いい。
「うん、癒されます」
「え、なあに?」
「うん?充電充電」
「おい、よく見えねぇよ!」
「バッカ!押すなよ!」
「おまえら、いい加減にしろ!おれたちはのぞきに来たわけじゃないぞ」
「かたいこと言うなよ。だってこれは偶然だろ?偶然」
「そうそう、あんなところでラブシーン繰り広げるあいつらが悪い」
「翼…すっかり大人になったんだなぁ…」
「先輩、そういうアンタはどこかのオバサンみたいっすよ」
「翼さん…カッコいいです!」
翼の様子を心配して病院までやってきた全日本ユースメンバーの数名が出て行きづらくなって、植え込みの向こうから様子を窺っていたことに二人は全く気づかなかった。
その後、宿舎に戻った翼はメンバーたちから声をかけられるのだが、中にはニヤケ顔のものがいたり、すまなそうな顔をしているものがいたりと翼は一人で「皆、どうしたんだろう?」と不思議がっていた。
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