管理人の日々徒然&ジャンルごった煮二次創作SSアリ
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【アンケート】
「おう、翼。いま終わったのか?」
「うん」
インドネシアの首都、ジャカルタでワールドユース大会の予選でもあるアジアユース選手権の第二次予選が行なわれていた。
全日本ユースチームのキャプテンである翼がアジアユース選手権を全勝宣言し、ウズベキスタン、UAEに快勝したあたりから周囲の全日本ユースチームに対する注目度があがってきたのだ。なにしろ、一次予選が前評判に対して、思わぬ苦戦を強いられたために、他国の全日本ユースに対する評価は下がる一方で、日本のスポーツ雑誌関係からも酷評されていたのだから、ここにきてからの快進撃に慌てるのも仕方のないことだろう。
昨日、UAE戦を終えた全日本ユースは調整する程度の練習で終えており、その後は宿舎に戻って休養をとっていた。
翼は全日本ユースのキャプテンということや、今大会の注目選手でもあり、地元紙の取材や日本からやってきたサッカー雑誌のインタビューにいままで応じていたのだ。
中学時代はこういった取材は苦手だったのだが、サンパウロFCでプロとして活躍するようになってからは、こういうことはファンサービスの一環と割り切るようになっていたので、それほど苦にもならない。それにたまに記者たちの口から他チームの選手の噂が聞けたりするので、情報源としても活用しているのだった。
選手たちの談話室として用意された部屋では皆が思い思いの格好でくつろいでいた。
中には数名ほど頭を悩ませているような仕草をしているものもいる。
「お疲れさん。といいたいとこだが、もう一仕事残ってるぜ」
石崎が一枚の用紙を差し出した。
翼は受け取りつつ尋ねる。
「何、これ?」
「アンケート用紙だってよ。いままでおれたちにろくな評価してこなかったサッカー雑誌とかが、慌てておれたち全日本ユースの特集記事組むことになったらしくて、その資料に必要なんだとさ」
周囲を見回した翼はなるほど、と納得した。
何か書き物をしていると見えたのは、そのアンケート用紙に回答を書き込んでいるからなのか。
「石崎くんは終わったの?」
「ああ、ああいうのは慣れてるからさ。おまえも中学のときはしょっちゅうだっただろ?高校もそんな感じだったからなぁ」
「岬くんも?」
「うん、もう終わったよ」
岬はサッカー雑誌を手に持ったまま顔をあげた。
それじゃ早く自分もやらなくては、と翼はテーブルについて石崎からペンを借りた。
質問内容を見て、思わず独り言をもらす。
「なんでこんなの知りたがるんだろ?こんなこと聞くのって日本だけじゃないのかなぁ」
「ん?」
そばに座っていた石崎と岬が翼の呟きを聞いて覗き込む。
「なんだよ、最初からつまづいてんのかよ。趣味なんて適当に書いとけばいいんだよ」
「石崎くんは適当すぎるんだよ。毎回回答が違うじゃないか。翼くんの趣味って何?」
「趣味って言われても…特にないなぁ」
「おまえの場合、サッカーボールを蹴ることでいいんじゃねぇの?」
「それって趣味なのかな?」
「だって、好きなんだろ?」
「そうなんだけど…まあいいか」
と翼は趣味の項目に「サッカー」と書き込んだ。
「ええと、次は…『休日には何をしていますか?』って…ええと…サッカー?」
隣で石崎が口に含んでいたミネラルウォーターを吹きだした。
正面に座っていた新田が「先輩!こっちまで飛ばさないでくださいよ!」と非難の声をあげる。
「おいおい、翼。休日までサッカーかよ!」
「だって、他に何もしてないよ!」
あとはウエイトトレーニングとか他チームの試合のビデオを見て研究とか…とこれまたサッカーに関わることばかりで、翼の頭の中はサッカーのことしかないようである。
「中学のときは、休みの日とかは遊びに行ってたよな?」
「あ、ああ、そうだったね。そうか、そういえばブラジルでもたまに遊びには行ってたっけ」
チームメイトの家に呼ばれたり、街の子どもたちとサッカーして遊んだり。
それでもサッカーから離れない。
岬などは「翼くんらしいね」などと笑っているが、周囲でその会話を聞いていたものたちは「そういう問題かよ!?」と言いたくなってしまった。
「サッカーしに行ってるんだから当たり前じゃないか」
「そうだけどな…そうなんだけどな!?翼!」
石崎はガシッと翼の両肩をつかむ。
せめて休日にはドライブとか彼女とデートとか書けよ!
「石崎くん、それが無理ってわかってて言ってる?」
「…無理、でしたね………」
「うん」
さすがに無理である。
そんなこと書いたら、大いに誤解されてしまう。
たとえ言い訳しようとも、きっと彼女は怒るに違いない。
いや、それとも泣くだろうか。
なんとなく、泣きそうな気がする。気が強そうに見えて、もろいところがあるのだ。彼女は。
彼女を待たせている身としては、冗談でも書けはしない。
「まあいいや。サッカーしてるって書いておくよ」
それが無難だし、事実だし。これを見れば彼女もきっと苦笑するだろう。「翼くんらしいわね」なんて言ってくれてるほうがいい。
「まあ、翼がいいならいいけどよ」
そのあともプライベートに関わることがたくさん出てくる。
そして最後の最後にやはりこれだ。
「好きな女の子のタイプ…」
深くため息をつく。
一番難しいことを聞いてくるものだと思う。
サッカーに関することならいくらでも答えるのに。
どう書けばいいのだろうか。悩んでいると、石崎が横から口を出す。
「彼女、とでも書いとけば?」
「えっ、そんなこと書けないよ」
「なんで?あねご喜ぶと思うぜ」
「おれ、別に早苗ちゃんを喜ばせるために書いてるわけじゃないし…岬くんはなんて書いたの?」
「ボク?ボクは、『好きになった子がタイプ』って書いておいたよ」
ソツのない答えになるほどと頷く。
「無難っちゃ無難な答えだよな」
「石崎くんは?」
「おれか?おれは普通に理想のタイプってのを書いておいたぜ!」
ビシッとつきつけられた石崎のアンケート用紙を見ると、「これが石崎くんのタイプなの?」と呟いた。
「だから、適当だってば、て、き、と、う!」
「誤解されなきゃいいけどね」
翼の隣で岬がボソリと言った。
「何、岬くん?」
「ううん、なんでもないよ。それよりも翼くん。やっぱり彼女のことを書いたらどうかな?」
「え、それはダメだよ。もしもそこから早苗ちゃんのことが知れたら……」
「うん、だから、別に彼女がいるようなことは書かなくてもいいじゃない。君が早苗ちゃんのことをどんな女の子だと思ってるのか書いておけばいいと思うよ。もしかしたら、早苗ちゃんが自分のことだって思って喜んでくれるかもしれないじゃないか」
「う~ん…そうだね。それくらいなら」
と翼はなにやらアンケートに書き込み始めた。
それから岬は斜め前に座って、翼と同じく頭を悩ませている年下の少年に声をかけた。
「葵、てこずってるみたいだけど、書けてるかい?」
「あ、岬さ~ん…」
イタリアでは太陽王子という愛称までつけられているという葵新伍は情けない声をあげた。
「おれ、こういう取材っていうかアンケートとかって初めてなんですよ。こんな感じでいいんでしょうか?」
中学までは無名の学校の選手でもあり、イタリアではインテルプリマヴェーラで活躍中といえども日本で知られている選手ではないので、こんな取材は受けたことがないという。
岬は葵からアンケート用紙を受け取ってざっと目を通してクスッと笑った。
チラリと隣でアンケート用紙に書き込んでいる翼を見る。
サッカー、サッカー、サッカー。
葵の回答用紙もサッカーづくめだった。
翼のファンだと豪語しているだけに、思考まで翼に似ているのだろうか。
「いいんじゃないかな。でも、最後の好きな女の子のタイプがまだみたいだけど?」
「そこなんですよね~。特にないんですよ。おれ、女の子がどうのっていう前に、ちゃんとしたプロのサッカー選手になりたいんです!」
「色気ねぇやつだな~、おまえはよ!」
横で聞いていた石崎が身を乗り出す。
「少しはねぇのか?こんな子が好きだな~とか。あ、アイドルとかでもいいじゃねぇか」
「おれ、日本のアイドルなんて知りませんよ」
二年以上日本を離れている上に、サッカーのことしか考えてないものにそれを聞くのは酷というものだ。
「そうかよ…」
「あ!でも…」
「でも?」
葵はパッと顔を輝かせた。
「ちょっといいな~って思う人はいました!」
「お、誰だ?それは。お兄さんに話してごらん?」
石崎は興味深そうに尋ねる。岬もなんとはなしに聞く体勢をとった。
「おれたちをずーっと応援してくれてるサポーターズクラブの応援席の一番前で応援してる人です!」
「は!?」
その瞬間、岬の視界の端で翼の手がピクリと動くのが見えた。
「ハチマキしてて、すごく元気のいい人ですよ。美人ですよね~。ああいう人にならずっと応援してもらいたいです!」
「ほほう、そうかそうか」
「いつも先頭きって応援してくれてますけど、よほどサッカーが好きなんですかね?あ、それともこの中の誰かのファンだったりして!」
しーん、と静まり返った談話室に、葵はあれ?と首をひねる。
石崎はわざわざテーブルを回って葵の隣に座り、腕を肩に回した。
「うんうん、いい読みだな。葵。よく見てるよなぁ」
「あ、ありがとうございます!」
なにがなんだかよくわからないが、褒めてもらって悪い気はしない。だが、皆がじーっと自分を見つめている。
そんな中、翼一人が苦笑いしていた。
「翼さん?」
「葵、その彼女な……翼がつきあってる『彼女』だ」
一瞬の沈黙。
その数秒後、談話室内に悲鳴が響き渡る。「ぎゃー!」とか「ひぇー!」とかだ。
「す、すみません!あのっ、べつに好きだな~とか思ってたわけじゃなくて、いいな~って思ってただけです!応援してもらって嬉しいなっていうか!ああっ、おれってば翼さんの彼女にたいしてなんてことをっ!」
「いや、いいんだ。それくらいは」
翼も苦笑するしかない。
それにここまで必死に謝られるとこちらが悪い気がしてくる。
「うぅ、ホントにすみません…」
「いいって。彼女のこと、そんな風に見てもらえるのは嬉しいしね」
「翼さん…」
さすがキャプテン。おれの憧れの人!なんて寛大なんだ!
「そうだったんですか…あの人が翼さんの…美人さんですよねぇ」
翼に彼女がいるとは聞き知ってはいたものの、どんな女性なのかは知らなかった。綺麗で元気がよくて、あれだけ応援してくれるということはサッカーが好きで、翼のことを応援しているのだろう。ああいう人なら翼さんにお似合いだよなぁとしみじみと思う。
そんな葵を見て、石崎がニヤリと笑う。絶対に人の悪い笑みだったと後に岬は言った。
「葵、気をつけろよ~」
そう言って、葵に耳打ちする。そのうち葵の目が潤んでくる。
その目が翼をとらえた。
「ホントなんですか、翼さん…」
その言葉に翼はいやな予感がした。
「ちょっと!石崎くんっ!葵に何を教えたんだよ!」
「えー?間違ってもあねごに手を出すなよって言っただけだよ。あねごに手を出したやつがどうなったかを教えて…」
「ちょ、ちょっと待った!」
翼は恐るべき速さでテーブルの上に乗り出して石崎の口を塞いだ。
「それ!言わなくていいから!」
岬を除く南葛中出身者は全員知っていることだが、なにもここで暴露しなくても!
その騒ぎというか、大声で喋っているのだから周りに筒抜けだ。
それまでは会話を聞き流していたものたちが面白そうに近づいてくる。
「なんだよ。翼の彼女の話か?」
「面白そうだな。聞かせろよ~」
「翼があねごをゲットしたときのことなんだろ?」
こういうときのチームワークってなんていいんだろう。
あえてそこに混ざる気のなかったものたちの一人松山光は心の中で思った。
ちなみに彼は彼女持ちであるので、なんとなく翼に同情心を抱いてしまったのだ。普段自分がからかわれているだけに、こういうときの気持ちがよくわかるのである。そして、自分がからかう立場に回ろうとしないところが彼の人の良さを表していた。
「よく考えてみりゃ、翼に彼女がいるって知っててもなれそめまでは知らねーぞ」
「南葛のやつらは知ってんのか?」
「そんなことどうでもいいじゃないかっ」
フィールドに立てば誰よりも頼りになる全日本ユースのキャプテン。そうでないときはのんびりのほほんとした穏やかな性格でめったに慌てふためくこともない翼。
ただし、彼女が関わるとどこにでもいる普通の男ということが判明した。
「サッカーバカだとばかり思ってたけど、なかなかどうして」
「翼にも青い春があったんだなぁ」
「この調子だと次の試合も勝てそうだね」
「三杉…おまえ、本気で言ってるのか?」
「いいじゃないか。こういう話題で盛り上がるのも。いい感じにリラックスできてる証拠だよ」
「そりゃそうなんだろうけどさ」
松山はサブキャプテンとして、そろそろキャプテンを助けたほうがいいだろうかとか考えていた。
つくづく真面目でチームメイト思いである。
「そういえば、おまえはなんて書いたんだ?」
「ん?ボクは岬くんと似たようなことを書いておいたよ。君こそどうなの?」
「おれは翼と同じだな」
「なるほどね」
騒ぎの中にいながらも一人取り残されたような形になっていた岬はふと目の前のアンケート用紙に手を伸ばした。
「……元気がよくて明るくて、自分のことを理解してくれていて、料理上手で可愛い人…か。ふーん、翼くんはそう思ってるわけだ」
早苗ちゃん、喜ぶだろうなと思いつつ、自分の回答用紙を手に取る。
「どういう風に受け取ってくれるのかな?君は」
その呟きは誰の耳にも届かなかった。
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