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またもやうっかり忘れてました。
これはね、サイトには載せてなくて、随分前に最初で最後の「少年陰陽師」の同人誌に載せたものなのですよ。5年以上前かな(汗)たぶん。
その後もブログに載せてたのですがね。
「少年陰陽師」現代パラレル版です。
もちろん、結城先生が同人誌として発行されていた現代パラレル版を下敷きにしております。
いつの間にか消してしまってたので、今度こそちゃんとね。
ちょっと長いですよ~。
では続きからです。
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【戦え少年少女】
「ただいま…」
玄関の扉を開けて入ってきた少年の声が聞こえて、居間で洗濯物をたたんでいた紅蓮は顔をあげた。
「おう、おかえり」
「うん…」
コートを着込み、マフラーを巻いた昌浩が姿を見せた。
居間に面した廊下を通り過ぎる足取りが力なく、とぼとぼと歩いているように見えたので首を傾げる。
「昌浩、どうかしたのか?」
「なんでもないよ」
「そういう割には元気がないな」
紅蓮は立ち上がると昌浩の額に手を当てた。熱はないようだ。
「本当になんでもないんだ。着替えてくる」
昌浩はそういうと自分の部屋に向かった。その背中が大きなため息をつく。
「学校でなにかあったか?」
紅蓮は誰に言うともなく呟いた。
「おそらくは」
唐突に背後に現れた気配に紅蓮は驚かなかった。その気配は長年慣れ親しんだものだ。
もう一度座りなおして洗濯物を手にとる。
「学校で誰かにいじめられたとか?」
そんなことはないとわかっていて冗談めかす。
昌浩は人懐こく明るい性格だ。誰にでも優しいし親切なので友人たちにはそれなりに慕われている。
「それに近いかもしれないな」
「何?」
紅蓮の眉が跳ね上がる。
一体誰だ。うちの昌浩をいじめてくれやがった奴は。
「誰もいじめたとは言ってないだろう」
紅蓮の向かい側に座った勾陣は同じように洗濯物を手に取った。どうやらたたむのを手伝ってくれるらしい。
「学校で昌浩の精神面に多大なる影響を与えられる人物といえば、私は一人しか思いつかないが」
「ああ、なるほど」
紅蓮は頷く。
そうだなー、たぶん、いや、十中八九間違いないなぁ、うん。
「喧嘩でもしたか?」
「それなら、どちらが原因にしろ、とっくに謝って仲直りすると思わないか」
「そうだよな」
「ということは、昌浩が彼女に言うに言えないような状況にある。しかも彼女の行動が原因だということだ」
「…だからなんだ。それは」
「今日は何の日だと思っている?」
「ああ」
紅蓮はポンと手を打った。
今日は二月十四日。
世間一般ではバレンタインデーという日である。
安倍家は平安時代から続く陰陽師の家系だ。
廃れたりしたものはあるけれど、日本古来の伝統行事をおろそかにすることはない。
そんな安倍家でも、その時代ごとの習慣はもちろん取り入れているしテレビなどの情報源があるおかげで、十二神将といえどもバレンタインデーを知らないなどということはない。
「まさか、彰子にもらえなかったのか?」
そういえば今朝の昌浩は妙に機嫌がよかった。
といっても朝はたいてい元気がいいので気にも留めていなかったが、もしかすると期待していたのかもしれない。
「そうとしか思えないな」
勾陣は頷いて、たたんだ洗濯物を各個人ごとにわけて重ねていく。
「それはまた…」
どうしたものかと思う。
それとは別に、一体何があったのかと不思議にも思う。
なぜなら、彰子は毎年昌浩にチョコレートを渡していた。もちろん昌浩は毎年ホワイトデーにきちんとお返しもしていた。
ちなみに、彰子は紅蓮たち十二神将たちや、晴明はもちろん吉昌にも用意しようとしていたのだが、さすがに子どもの小遣いにも限界はある。
その気持ちだけで十分だと、全員で丁重にお断りした。
それでも、太陰、玄武というお子様たちには毎年渡しているようだ。
なんにせよ、バレンタインデーとは、昌浩と彰子にとっては恒例行事であったはずなのだが…
「どうしたんだろうなぁ」
「さあな。それは彰子嬢でないとわからんことだ」
昌浩に尋ねてもよいのだが、今の状態の昌浩に聞くのは酷だと思われた。
そこへ、体重を感じさせない足音が近づいてきた。
「ねえ、昌浩は帰ってきた?」
ひょこん、ひょこん、と二つの影が顔を出す。
風体が子どもの形をしている太陰と玄武は、平日の昼間は姿を現すことはめったにない。安倍家から出なければ問題はないのだろうが、それでもどこに人の目があるかわからないからだ。二人が姿を見せるのは、休日か、平日の夕方と決まっていた。
「自分の部屋にいるはずだぞ」
「チョコレートはもらってきてるみたいだった?」
わくわくといった表情で太陰は尋ね、その隣で玄武は呆れたような顔をした。
「やはりそれが目当てか」
「なによ。玄武だってチョコレートは好きでしょう?」
太陰はそういって玄武の腕をひっぱって昌浩の部屋に向かった。
「今、行かないほうがいいんじゃないかって言おうと思ったんだがなぁ」
まさに台風娘。突風のように去って行く。
だが、ほどなく戻ってきた。
「太陰、どうだった?」
勾陣が尋ねると、ツインテールに結った髪が揺れた。
「一つももらってないって」
「彰子からももらってないのか?」
「彰子嬢は今日は学校を休んだそうだ」
太陰の後ろから玄武が現れた。
「休んだ?」
「風邪をひいたらしい」
「ああ、ちょうど風邪が流行る時期だからな」
勾陣がしたり顔で頷く。
昔流に言うなら流感。千年前ならこじらせると死にいたることもあった病気だが、現在は例外があるにしても、ほぼ確実に治る病気だ。
学校を休んでいるというのは確かに心配なことではあるが、深刻になるほどでもない。
「で、たったそれだけのことで元気がないっていうのか?」
「別に元気がないわけじゃない」
居間に昌浩がやってくる。
少々ムッとしているようにも見えた。
座り込むと座卓に頬杖をついて、ため息をつく。
「御見舞い、行ったほうがいいのかなぁ」
紅蓮と勾陣は顔を見合わせた。
もしかして、お見舞いに行くか行かないかで悩んでいるというのだろうか。
「いつものお前なら、学校帰りにでも見舞いに行ってるだろう」
「そうなんだけど…」
昌浩は考えるよりもまず行動というタイプだ。それがどうして悩んでいるのか。
「今日行ったら、チョコレート目当てとか思われないかな」
「昌浩ったら、そんなこと考えてたの?」
太陰は昌浩の隣に座り、首を傾げるようにして昌浩を見上げた。
「いつもの昌浩ならお見舞いに行くんでしょう?逆に行かないと彰子嬢は気にするんじゃないかしら」
すると、玄武も昌浩をはさんで太陰の反対側に座って腕組みをして頷く。
「我もこればかりは太陰の意見に賛同する。本当は彰子嬢のことが心配なのだろう?」
バレンタインデーなんてものは関係ない。
熱は下がっただろうか。辛い思いはしてないだろうか。寝込んでいると退屈ではないだろうか。
そんなことばかり考えている。
「うん…」
昌浩は数瞬考えたのち、すっくと立ち上がった。
「そうだよね。御見舞いだからすぐに帰ってくればいいんだよね。よし、行くぞ」
「おう、行って来い行って来い」
紅蓮はひらひらと手を振った。勾陣も小さく笑みを浮かべる。
太陰と玄武も行ってらっしゃいと言った。二人の邪魔をするつもりはないからだ。
日暮れまでは大分時間がある。藤原邸まで行って帰ってくるくらいはできるだろう。
「それじゃいってきまーす」
自室に一旦戻ってコートとマフラーを持った昌浩は玄関に向かった。
ガララ
昌浩が靴を履こうとしていたところへ玄関の扉が開く。
「あれっ、青龍」
思わず声をあげた。
彰子の父、藤原道長の護衛として貸し出されている十二神将の一人が立っていた。
安倍家にはめったに帰ってこない彼がどうしてここにいるのか。
何か緊急の用事でもあったのだろうか。
「…」
寡黙な神将は玄関に座り込んでいた昌浩を一瞥すると、眉根を寄せたまま身をずらせた。
その青龍の後ろに佇んでいたのは、昌浩が今から見舞おうと思っていた相手で…
「あ、あああ、彰子っ!?」
「こんにちは、昌浩」
昌浩は片足は靴下のまま玄関口まで駆け寄った。
「なんでこんなところにいるんだ!?風邪は大丈夫なのか?」
彰子が口を開くよりも早く昌浩はまくしたてた。
「熱は今朝のうちに下がっていたの。ただ、大事をとって休んでいただけで、ゆっくり寝てたらずいぶんとよくなったから大丈夫。青龍がこちらに寄るっていうから、連れて来てもらったの。すぐ帰るから心配しないで」
そう言って、彰子は手に持っていた手提げ袋を昌浩に差し出した。
「これ、チョコレートなの。太陰と玄武の分もあるから二人にあげて」
「あ、ありがとう」
反射的に手を出して受け取る。
胸に暖かいものが広がる。
わざわざ風邪をおしてまでチョコレートを渡しに来てくれたのだ。
それは嬉しい。すごく嬉しい。
しかし。
「だけど、彰子」
彰子は昌浩の言葉に厳しいものが含まれているのを感じて目を瞬いた。
「やっぱり出歩くのはよくないよ。悪くすればまた悪化するかもしれないだろ?これを持って来てくれるだけなら、今日じゃなくてもよかったんだ」
「ごめんなさい。でも…」
今日のうちに渡したかったの。
だって、今日はバレンタインデーなんだもの。
特別な日だから、今日がよかったの。
バレンタインデーという日と、その日に渡すチョコレートに込められた気持ちを渡したいから…
「いいじゃないか、昌浩」
後ろから伸びてきた大きな手が昌浩の頭をポンポンと叩く。
「彰子はどうしても昌浩に渡したかったんだろう?今日じゃないと意味がないもんな」
紅蓮が彰子に視線を向けると、風邪で顔色の悪かった頬に赤みがさした。
「俺だって、別に嬉しくないわけじゃない」
彰子の体調が心配だったから、厳しい言い方をしただけだ。
「彰子、昌浩はまた具合が悪くなると、明日も会えなくなるから寂しいそうだ」
「紅蓮!」
そんなことまで言ってないだろう!?と昌浩はくってかかるが、真っ赤になった顔は図星であると語っている。
「そんなわけだから、今日はあがってお茶でも飲んで行けとは言えないな。早く帰って、暖かくして寝め」
紅蓮はそう言ってチラリと青龍を見る。
その視線を受けた青龍は、彰子を促す。
「彰子嬢、そろそろ…」
「ええ。それじゃ昌浩。また明日」
「うん、また明日」
昌浩は彰子が乗った車が見えなくなるまで見送ってから玄関に入る。
居間にもどると太陰が目を輝かせていた。
「昌浩、彰子嬢だったんでしょう?」
「うん、太陰と玄武の分もあるよ」
手提げ袋の中を探ると、一つ一つにきちんとカードが添えられていた。一つだけ包装紙の違うものがあって、昌浩は思わず手をとめたが、太陰と玄武宛てのものをそれぞれに渡す。
「ありがとう」
二人は礼を言って受け取った。
「今度、彰子に会ったときに、ちゃんとお礼を言ってくれよ」
「もちろんよ」
「我もそれくらいの礼儀は心得ている」
二人は頷くと早速包みを開ける。
それを向かい側に座っていた勾陣は苦笑しながらも興味深そうに見ている。
「昌浩」
廊下に出た昌浩を勾陣が呼び止めた。
「どこに行く?」
「え…っと、部屋に行ってるから」
手提げ袋を抱えていそいそと部屋に戻っていく昌浩を見て、勾陣は一人納得したように頷いた。
そこへ戻ってきた紅蓮が首を傾げる。
「ん?昌浩はどうした?」
「部屋でじっくり味わいたいんだそうだ」
勾陣はそう言って意味ありげな笑みを浮かべて長身の紅蓮を見上げた。
それを受けた紅蓮は一瞬目を見開いたが、ああなるほど、と口元に笑みを浮かべる。
きっと、昌浩宛てのものだけは、手作りだからに違いない。
珍しくもそれに気づいたということか。
「ホワイトデーは、また大変だなぁ」
紅蓮は他人事のように呟いた。
実際、他人事なのだが。
毎年、特にここ数年はホワイトデーのお返しに悩む昌浩を見ているので、今年はどんなお返しを選ぶのだろうかと考えたが、それでもやはり彰子は昌浩からもらえればなんでも嬉しいのだろう。
微笑ましいというか可愛らしいというか、初々しい反応を見せてくれるだろう少年と少女に、もうしばらくはそんな二人でいてくれるといいなぁと思う紅蓮だった。
《完》