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【クリスマス・バトル】
微かにではあるが、唸っていたらしい。
ショーウィンドウを覗いていた昌浩は、後ろ頭を軽く小突かれた。
「痛っ!…なんだよ、紅蓮」
「悩むのはわかるが、こんな人通りの多いところで唸り声をあげるんじゃない。恥ずかしいだろう」
傍らに立つ青年は昌浩が見上げるほどに背が高い。
浅黒い肌に薄い色の瞳。周りから見れば外国人かと思われるのに、話す言葉は流暢な日本語だ。
「え、俺ってば唸ってた?」
「ああ。う~んう~んってな」
無意識だったのだろう。あまりにも悩んでいたので、それがそのまま態度に出てしまったらしい。
慌てて周りを見回すが、通り過ぎる人々は道の片隅に立っている少年のことなんて気にもしていない。
どちらかというと、昌浩の傍に立っている二人連れのほうに目がいっている。
昌浩は紅蓮と二人連れというわけではなかった。連れはもう一人いたのである。
「昌浩、悩むのはかまわないが、明日はもうクリスマスだ。時間はないぞ」
落ち着いた声音ではあるが、しっかりと事実をつきつけてくる艶やかな紅い唇を昌浩は見上げた。
紅蓮の隣に立つもう一人は背の高い女性だった。
十二神将勾陣である。
昌浩がとても大事な買い物があるといって出かけるときに、ついでに自分もと紅蓮がついてきて、暇だからといって彼女もついてきたのだ。
黒のコートにジーンズを穿き、足元はブーツだ。こうして立っているだけでもファッションモデルのように様になっている。
こうして人型をとって徒人の間に混じっていると、誰も彼らが神の眷属だなんて思いもしないだろう。
昌浩はもしかすると二人とも自分がこうして悩むと思い、心配してついてきてくれたのだろうかと思った。
「わかってるよ。わかってるんだけど、何をあげたら喜んでくれるのかわからないんだよ」
いまにも頭を抱え込んで道端にしゃがみこみそうな雰囲気の昌浩に、十二神将最強の闘将とそれに次ぐ闘将は顔を見合わせて苦笑した。
「昌浩、そうやって一生懸命に悩んで考えて買った贈り物なら、きっと喜んで受け取ってくれると思うぞ」
「いままでだっておまえがくれるものならなんだって喜んでただろうが」
「そうなんだけど、そうなんだけどぉ~…」
ペンダントって思ったんだけど、前に買ったことがあるし、ぬいぐるみが好きなのは知ってるけど、クリスマスプレゼントにぬいぐるみってのもどうだかなぁ…髪が長いんだから、髪留めってのもいいけど、たくさん持ってるだろうし…
ぶつぶつと呟いているのがまる聞こえだ。
紅蓮はやれやれと苦笑気味にため息をついて、黙って昌浩を見つめている同胞に目を向けた。
「おまえなら何が欲しい?」
「私にそういう意見を求めるのか?特に欲しいものなどないが」
「だから、例えばの話だよ」
勾陣はふむと考えこんだ。
「やはり何もないな。私が望むものは物ではないから」
そう言って紅蓮を見返した。
「おまえもそうだろう?」
微笑む勾陣を見て、紅蓮もふっと笑った。
「そうだな」
そこへ昌浩の声がかかった。
「ねぇ、勾陣。勾陣なら何が欲しい?」
先ほどの紅蓮と全く同じ質問に、二人の神将はクスリと笑う。
「なぜ私に聞く?騰蛇には聞かないのか?」
「だって、勾陣は女の人じゃないか。女の子が好きそうなものは女の人に聞いたほうが早いと思ってさ」
「私は特に欲しいものはないからな。私よりは天一や太陰に聞いたほうが早かったかもしれないぞ」
「う、そうかなあ」
「いっそのこと、指輪なんてどうだ?」
紅蓮が横から言った。
いまどきの中学生女子ならアクセサリーの一つとして指輪の一つも持っているだろう。もちろん、高価なものではなく、お小遣いでも買えるようなものだ。
「だ、だだだ、だめだよ!」
昌浩は顔を真っ赤にして首を振った。
「ゆ、指輪なんて、もっとこう…なんというか、大事なときに大事なものとしてあげるものだと思うし、俺たちまだ子どもだよ!?そういう堅苦しいものじゃなくて、気軽に使えるものがいいんじゃないかと思うんだけど…」
なるほど、昌浩にとっては指輪というのは大人がプレゼントに贈るものだということだ。
シルバーの指輪くらいなら、昌浩のお小遣いでも買える値段のものだってあるだろうに。
勾陣は仕方がないなというように、助け舟を出してやることにする。
「ペンダントでいいじゃないか。ほら、前に買ってたものがあっただろう?いつもあれを身につけているのを見るが、身に着ける服にあわせて付け替えれてもいいと思う」
「そう、かな?」
「アクセサリーなんてものはいくらあってもいいんじゃないか?それに、さっきも言ったと思うが、おまえがくれるものならなんだって喜ぶと思うぞ」
「う~ん、勾陣がそういうならペンダントにしようかな」
ようやく決めたらしく、にっこりと笑った昌浩に紅蓮と勾陣もホッとしたように息をついた。
紅蓮は手を伸ばして昌浩の頭にのせる。
「ほら、それならあっちにアクセサリーを売ってる雑貨屋があったぞ。行ってみるか?」
「う、うん…」
昌浩は勾陣を見上げる。その視線を受けた勾陣は唇の端を持ち上げた。
「わかっている。ちゃんとついていくから」
この結論にたどり着くことに予想がついていたのだろう。もしかすると、女の子が多いであろう店に昌浩が気後れして入りにくくならないようについてきてくれたのかもしれない。勾陣は細かいところまでよく見ているし、こういうときには必ず助けてくれるのだ。
紅蓮が言っていた店に三人で行くと、ちょうどドアが開いた。
そして、そこから出てきた人物に目を丸くする。
「彰子!」
「あら、昌浩」
長い黒髪を背中に垂らした彰子は昌浩たち三人を見つけて目を瞠ったが、すぐに笑みを浮かべた。
「どうしたの?今日は何か買い物?」
「え?あ、いや、うん、まあ、ね…」
まさか彰子にあげるクリスマスプレゼントを買いに来ただなんて正直にいえない。
「さっきここを通りかかったときに、中にちょっと気になるものが見えてね。寄って見てみようと戻ってきたところだ」
うまい言い訳を見つけられない昌浩の代わりに、勾陣が不自然に思われないように言った。すると彰子はそれを素直に信じたのか微笑んで頷いた。
「そうなの。ここけっこう可愛い雑貨とか売っているのよ。私もちょっと欲しいものがあって、買いにきたの」
「それじゃ、もう買い物は終わったのか?」
昌浩が尋ねると頷く。
「ええ。これから家に帰るところよ」
「送っていこうか?」
「え?ううん、大丈夫よ。ありがとう」
昌浩の言葉に、彰子は驚いたように言って慌てて首を振った。その頬は微かに赤くなっている。
その様子に気づいた大人二人は何かを察したらしくお互いに視線を交わして、子ども二人に気づかれないように小さく笑った。
「まだお昼すぎだから明るいし。それに急いで帰らなくちゃいけないから。昌浩たちはこれから買い物があるんでしょう?時間をとらせたら悪いわ」
「そ、そう?それじゃ、その、また明日」
「ええ。また明日ね」
彰子はにっこりと笑うと小さく手を振って雑踏の中を家に向けて帰っていった。本当にいそいそと歩いていくので、そんなに急がなくちゃならないのかなと昌浩はぼんやりと思った。
その昌浩の頭に大きな手が載せられる。
「ほら、昌浩。おまえも買わなくちゃならないものがあるんだろう?」
「そうだった」
気を取り直した昌浩は、店の中に足を踏み入れたのだった。
翌日。
「ただいまー!」
朝から出かけていた昌浩は日暮れ前に帰ってきた。
今日はクリスマス・イブで、彰子と遊びに出かけていたのだ。
元気な足音が近づいてきて、昌浩が台所にひょっこりと顔を出す。
「ただいま」
「おう、おかえり」
「おかえり」
台所では紅蓮と六合が二人並んで晩御飯の仕度をしていた。
テーブルの上に広げられた下ごしらえされた材料を見て、昌浩が歓声をあげる。
「うわー、今日はなんだか力入った料理みたいだね。さすがはクリスマス」
「正確にはイブだぞ」
「細かいことは気にしない気にしない」
「力は入ってるかもしれんが、これから作るのは俺だ。期待はするなよ」
苦笑した紅蓮を見て、昌浩はその隣に立つ六合を見上げた。
「え?六合じゃないの?」
「旦那はこれから出かけるんだとさ」
「へー……誰かと待ち合わせ?」
「…そのようなものだ」
六合は小さく頷くと、エプロンをはずす。
「あとは頼む」
「ああ。まあ、なんとかなるだろ」
その答えに一抹の不安を覚えたのか、「天后か勾陣に一応声をかけておく」と言って台所を出て行った。
「信用してないなら、全部作ってから出て行けばいいんだよ」
下ごしらえはしてあるし、作り方も教えてもらったので大丈夫だとは思うが。
とりあえず準備だけは終わったので、一旦手を止めてから昌浩を見ると、おやと気づいたように目を瞬かせた。
「なるほど、彰子からのプレゼントはそれか」
「あ、うん」
昌浩は首元に巻かれたマフラーをちょんとつまんだ。
朝出かけるときはダッフルコートだけだったので、すぐに気づいたのだ。
アイボリーの柔らかそうな毛糸のマフラーに、紅蓮は微笑む。
「しかも手作りとは、彰子もずいぶんと頑張ったな」
「うん」
『凝った模様とかできなくてごめんなさい。目も不ぞろいで格好悪いかもしれないけど…』
少し恥ずかしそうにしていたけれど、昌浩はそんなことないと言って早速首に巻いたのだ。
『温かいよ。彰子』
『よかった』
彰子が嬉しそうに笑ってくれたので、昌浩もそれじゃ俺もと彰子の手のひらに小さな包みを載せたのだった。
「昨日、呪いをかけてたやつだろ?」
「うん、じい様のお守りに比べたら、てんでだめだろうけど」
普通にただのアクセサリーとしてプレゼントしてもよかったのだが、どうせならこれに呪いでもかけてお守りにしたほうがいいと思って、昨夜一生懸命に呪いをこめたのだ。
『お守りだよ』
小さな水晶のついたペンダントを、彰子は本当に嬉しそうに握り締めた。
『ありがとう。これ、昌浩がお呪いをかけてくれたのね?』
ペンダントにこめられた霊力に、すぐに気づいてますます嬉しそうに笑ったので、昌浩はそれだけで十分満足だった。
「喜んでもらえてよかったじゃないか」
「うん、まあね。でも、なーんか負けた気がするなぁ」
「おいおい、別に勝負をしているわけじゃないだろう?」
「そうだけどさ、もう少しいいものをあげられたような気もするんだよ。だって、彰子は一生懸命にこのマフラーを編んでくれたっていうのに、俺ってばお店で買ったものに霊力こめただけだもん」
難しいよねぇと昌浩はテーブルに頬杖をついた。
「男と女は考え方が違うからな。いっそのこと、おまえも手作りにすればよかったかもな」
「え、やだよ。俺が不器用なの知ってるだろ。そんなことしたら、彰子に笑われちゃうよ」
「ははは、かもな」
笑った紅蓮が昌浩の背後に立った人影に気づいて視線をあげる。それに気づいた昌浩が振り返った。
「勾陣」
「おかえり、昌浩」
「ただいま。昨日はありがとう。彰子も喜んでたよ」
「それはよかったな」
勾陣は微笑むと、昌浩たちと同じく椅子に座った。
「ところで昌浩。上着だけでも脱いできたらどうだ?マフラーだって、せっかくもらったのに汚したくないだろう?」
「あ、そうだった!」
昌浩は慌てて立ち上がると自分の部屋に戻った。
それを苦笑して見送った紅蓮は勾陣を見る。
「おまえ、彰子のプレゼントがマフラーだって知ってたな?」
「ああ。天一と一緒に本を選んでいたのを見たからな」
勾陣はそれだけ言うと立ち上がった。
「ところで、のんびりしている場合じゃないぞ」
「何がだ?」
「六合に頼まれたからというのもあるが、先ほど露樹から連絡があって、今日は吉昌の仕事も早く終わったからもうすぐ帰ってくるそうだぞ」
「何!?」
紅蓮は慌てて立ち上がった。
「それを早く言え!」
マフラーとコートをきちんとクローゼットに納めた昌浩が再び台所にとってかえすと、そこはすでに戦場だった。
「騰蛇、それじゃなくてこっちが先だ」
「順番なんてどっちでもいいだろうが!」
「だが六合はいつもこちらを先に入れているぞ」
「だったらおまえがやれ!」
勾陣に指示されながら、大きな体が右へ左へと動いている。
うわー、大変そうだな~などと思いつつ、そろりと回れ右をしようとすると、紅蓮の厳しい声が飛んだ。
「こら!昌浩、逃げないで手伝え!」
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設定は結城先生の現代パラレル版のものです。