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未来設定捏造です。
【小さな太陽】
「きゃーっ!!」
昨日、海外遠征から帰ってきたリョーマは、自宅の寝室でまどろみの中にいた。
意識は覚醒しつつあったが、それでも布団のぬくもりを手放せずにいたところへ悲鳴が聞こえたのだ。
「桜乃!?」
その声が愛する妻のものと意識するよりも早く飛び起きて、階段を駆け下りる。
「桜乃っ!?」
めったに悲鳴などあげることのない妻に、何があったのかと台所に飛び込む。
「リョーマくぅん…」
泣きそうな顔で振り返った桜乃のエプロンから足元にかけて、クリーム色の液体らしきものがべっとりとついていた。
そして、それは床にも広がっている。
「何…これ、どうしたの」
妻が危険な目にあったわけではないと悟ると、ホッとしつつも現状を確認するために尋ねる。
「それが…」
桜乃がチラリと視線を動かすと、先日二歳になったばかりの長男一真がダイニングテーブルの椅子の上に立ち、きょとんとした顔をしてこちらを見ている。
「今日は朝ごはんをパンケーキにしようと思って準備をしていたら、生地の入ったボウルをカズくんが…」
「はぁ…なるほどね」
ちょっと目を離した隙に、一真がボウルに入ったままのレードルをとろうとしたところを桜乃が慌てて止めようとしたのだが、間に合わずにボウルをひっくり返したのだという。
「とにかく、桜乃は着替えて、床も拭かなきゃ…」
「うん。リョーマくん、カズくんを見ててくれない?できればテーブルには近づけないで」
「わかった。………ほら、カズ、こっちに来い」
「んん~っ!」
それまで興味津々にパンケーキを焼く道具を見ていた一真は、父親に急に抱き上げられて不満たらたらという様子で暴れる。
「一真!」
リョーマはめったに荒げない声で息子を叱りつける。
「お母さんがせっかく朝ごはんを作ろうとしてたのに、邪魔をするんじゃない。それに、怪我するかもしれないだろ?」
「…」
一真は叱られたというのにふて腐れたように頬を膨らませてそっぽを向く。
「一真、ごめんなさいは?」
リョーマはそっぽを向いた息子の頬を片手で軽くはさんで自分のほうへ向ける。
「…なさい」
父親に怒られて、一真は不承不承ながらも上目遣いに呟いた。
リョーマはそれを見てため息をつく。
これは絶対に納得していない謝り方だ。
しょっちゅう遠征に出ていて一真と接する時間は桜乃に比べて格段に少ないものの、それでも息子のことがわかるのはやはり親だからなのだろうか。
「やっぱりリョーマくんじゃないとダメね」
桜乃は雑巾で床を綺麗に拭いて、改めてパンケーキの生地を作る。
「何が?」
自分が抱いていれば大丈夫だろうと、リョーマは一真を抱えたままテーブルに近づく。
ホットプレートの上に生地を広げた桜乃は、レードルからフライ返しに持ち変えた。
「カズくんたら、私の言うことなんて全然聞かないんだから」
「桜乃の怒り方は怖くないんだよ」
「ええっ!?」
「本気で怒ったら、カズだってわかるはずだよ。本当に怒られたって思ってないから言うこと聞かないんだろ」
「そうなのかなぁ」
「そういうもんでしょ」
そんな会話をしつつも、桜乃は次々と焼き上げていく。
皿の上に数枚取り置いたところで、桜乃は一真用の皿とフォークを用意した。
「はい、カズくん、朝ごはんですよ」
「はーい!」
子どもというのは現金なもので、目の前においしそうなパンケーキを並べられると大人しく待っている。
「リョーマくんも顔だけでも洗ってきたら?」
「ああ、忘れてた」
飛び起きてからすぐに一真を抱き上げて室内をウロウロしていたので、顔を洗うことも忘れていた。
戻ってくると自分の分の朝食も用意されていて、桜乃がマグカップにコーヒーを注いでいた。
「はい、どうぞ」
「サンキュ」
一真はすでに口の周りをシロップだらけにしてパンケーキを頬張っていた。
「はい、カズくん」
桜乃はパンケーキを切り取るだけで、あとは一真がフォークを突き刺して口へ運ぶ。
「…食べさせてやったほうがいいんじゃない?」
口の周りや、テーブルクロスの上に落ちた食べかすを見て、リョーマは軽く眉を寄せる。
「そう思うんだけど、カズくんが自分で食べるって言うんだもん」
桜乃はそう言って一真の口の周りをウェットティッシュでふき取る。
ぎこちない手つきでフォークを使い、パンケーキを口に入れる一真の姿は見ていて微笑ましいものがある。
リョーマはふと笑みを浮かべて、まあいいかと思った。
「練習しないと上手に食べれないもんな…。カズ、おいしいか?」
「うんっ」
一真は頷いて、こくこくとミルクを飲み干す。
「……やっぱり目が離せないよな」
「カズくんのこと?」
「うん、ちょっとした隙に何をしでかすかわかんないだろ。子どもから目を離すなって言われた意味がよくわかるよ…。ま、他の意味でも目が離せないけど」
「他の意味?」
「そ。見てて飽きないってことだよ」
リョーマが一真を見つめる目は優しい。
桜乃はそんな彼を見て、微笑みを深くする。
「でも、ここまで大変だと…」
「え、何?」
「カズに手がかからなくなるまで二人目はいらないかも」
「もう、リョーマくんたら、朝から何言ってるの」
《完》